群馬県

写真 名称 ふりがな 区市町村 付帯情報 形式 諸元 建造年 文化財 出典 保存状態 価値判断に係る事項 保存
評価
価値
評価
  元総社町の道路遺構 もとそうじゃ 前橋市   道路   平安期   木下 良 部分的に道路となり、一部はほぼ古代道路の面影を残している      
  天川大島町の松並木 あまがわ、
おおしま
前橋市 県道・前橋~古河線<伊勢崎街道> 松並木 長約300m 江戸期   WEB 樹齢約300年/片道1車線道路を2車線化→移植・盛土撤去 全国的に見て保存状態の良かった松並木だったが、2車線化により壊滅的変化(保存に対し愛知県の御油の松並木とは正反対の考え方) 3
  朝日町の庚申塔道標 あさひ 前橋市 (4丁目)相続庵・墓地 石道標 高117㎝(うち、塔身94㎝),幅32㎝ 宝永元(1704)   上州の近世石造物1p259 移設→墓地内 (正面最下部右端?)「これより左り/二ノ宮道」/正面に青面金剛立像(六手剣人、二鶏、三猿)の陽刻 3
  小島田の地蔵道標 こじまた 前橋市 旧道・辻 石道標(丸彫?) 高223㎝(うち、塔身123㎝),幅31㎝ 宝永4(1707)   上州の近世石造物1p260 原位置?/頭部折損→C接合 (台石正面中央)「右 二ノ宮/左 大胡」/台石上に地蔵立像(錫杖、蓮台)の丸彫を載せる(?) 2
  六供町の供養塔道標 ろっく 前橋市 寿延寺・門前 石道標 高66㎝,幅50㎝ 宝永4(1707)   上州の近世石造物1p259 原位置? (正面最下部右)「従是南 福島」、(同左)「従是西 真正/従是東 二宮」/正面に「(梵字)念佛供養」と陰刻 1 -
  大胡の庚申塔道標1 おおご 前橋市 金蔵寺 石道標 高126㎝(うち、塔身110㎝),幅33㎝ 宝永6(1709)   上州の近世石造物1p280 移設 (正面右)「右 あかぎ道」、(同左)「左 のまた道」/正面に「奉造立庚申供養塔」と陰刻、下部に”一鶏一猿”の陽刻 2
  大胡の庚申塔道標2 おおご 前橋市 応昌寺・入口 石道標 高124㎝(うち、塔身90㎝),幅31㎝ 正徳3(1713)   上州の近世石造物1p280 移設 (正面右下)「右 日光みち」、(同左下)「左 のみち」/正面中央に「(梵字)奉待庚供養」と陰刻 2
  飯土井町の題目塔道標 いいどい 前橋市 あづま橋・東・三叉路 石道標 高76㎝,幅27㎝ 享保4(1719)   上州の近世石造物1p260 原位置? (正面右)「右 大原道 西 前はし道」(?)、(正面中央最下部)「左 大まゝ道」/正面中央に「(梵字)南無地蔵菩薩」と陰刻 1 -
  箱田町の庚申塔道標 はこだ 前橋市 常円寺 石道標(尖頭角柱) 高81㎝(うち、塔身70㎝),幅26㎝ 享保12(1727)   上州の近世石造物1p260 移設 (台石正面右端)「右 板鼻」、(同左端)「左 高崎道」/正面に「(梵字)奉造立庚申爲菩提也祈所」と陰刻、頂部に“日月”、下部に“三猿”の陽刻 2
  平和町の道標 へいわ 前橋市 (1丁目) 石道標 高55㎝,幅23㎝ 享保17(1732)   上州の近世石造物1p259 移設 (正面)「右 水沢道/左 江戸道」 2 -
  苗ケ島町の庚申塔道標 なえがしま 前橋市 金剛寺 石道標 高148㎝(うち、塔身88㎝),幅44㎝ 寛保3(1743)   上州の近世石造物1p281 移設 (正面右)「右ハ ゆのさわ道」、(同左)「左ハ みよさわ道」/正面に「庚申塔爲供養」と陰刻 2
  西大室町の題目塔道標 にしおおむろ 前橋市 湯清寺・西塀際 石道標 高152㎝,幅23㎝ 延享2(1745)   上州の近世石造物1p260 原位置? (正面右)「南 いせさき□□」、(右面)「東、右 大まゝ道/左 大原道」、
(左面)「西 大胡 前橋道」、(裏面)「北 ゆのさわ道」/正面中央上部に
「爲有縁無縁南無阿弥陀佛」と陰刻
1
写真 天川大島町の題目塔道標
あまがわ、
おおしま
前橋市 天川松並木・入口 石道標(安山岩) 高70㎝,幅43㎝ 宝歴5(1755) 市重文 WEB/上州の近世石造物1p259 移設(100m) (正面最下部右)「右 江戸/みち」、(同左)「左 あ徒/満道」/正面に
「南無阿弥陀佛」と陰刻/隣接する前橋藩刑場跡供養塔が重文の主体
2 -
  荒子町の庚申塔道標 あらこ 前橋市 (中屋敷)荒子神社 石道標(尖頭角柱) 高145㎝(うち、塔身87㎝),幅35㎝ 明和元(1764)   上州の近世石造物1p261 移設 (正面左下)「東 しも おふや道/南 いせ さき道/西 まはし道」/正面に「奉鎮猿田彦尊」と陰刻 2
  女屋町の供養塔道標 おなや 前橋市 満福寺墓地 石道標(尖頭角柱) 高104㎝(うち、塔身74㎝),幅51㎝ 明和5(1768)   上州の近世石造物1p259 移設、集約/墓地内 (正面中央下部?)「右 いつる道」、(正面左)「西 みつさわ道」/正面中央に「(梵字3)奉納百番供養塔」と陰刻 3
  上増田町の供養塔道標 かみますだ 前橋市 近戸神社・裏 石道標 高55㎝,幅24.5㎝ 明和5(1768)   上州の近世石造物1p261   (正面右)「右 まへはし道」、(同左)「左 こまかた道」/正面中央に「(梵字)奉唱阿弥陀称号二百万遍供養」と陰刻   -
写真 東大室町の地蔵道標
(下宿の念仏塔)
ひがしおおむろ 前橋市 三叉路 石道標(尖頭角柱) 高210㎝(うち、台石2段36+25㎝),幅35㎝,厚27㎝ 明和6(1769)   上州の近世石造物1p260/WEB(鎌倉街道上道) 原位置?/台石下部と塔身中央部が折損→修復 (台石右面)「二宮/道」、(台石左面)「いせさき/ミち」/正面を火灯窓型に削り込み、下半分に地蔵立像(蓮台)を陽刻(上半分は空白)、その下に蓮台(ここまでが塔身)、台石正面に「念佛塔」と陰刻 3
  房丸町の道祖神道標 ぼうまる 前橋市 四体明神 石道標(自然石) 高73㎝,幅51㎝ 安永3(1774)   上州の近世石造物1p77・260   (正面下部左)「左 まいはし」/正面上部に「道祖神」と陰刻   -
  小島田の供養塔道標 こじまた 前橋市 旧道・辻 石道標 高156㎝(うち、塔身86㎝),幅31㎝ 安永4(1775)   上州の近世石造物1p260 原位置? (台石正面)「右 いづる道/左 日光道」/正面に「(梵字3)百番供養塔」と陰刻 1
  朝日町の供養塔道標 あさひ 前橋市 (4丁目)相続庵・北西角 石道標 高90㎝,幅47㎝ 安永6(1777)   上州の近世石造物1p259 原位置? (正面右下)「右 江戸」、(同左下)「左 日光」/正面中央に「百番供養塔」と陰刻 1
  泉沢町の道祖神像道標 いずみさわ 前橋市 (一区) 石道標 高88㎝(うち、塔身73㎝),幅50㎝ 安永8(1779)   上州の近世石造物1p75   (正面下部?)「東 さんたい明神道/南 いせさき道/北 大こ之道」/正面上部に双体道祖神像が陽刻  
  荒口町の道祖神像道標 あらくち 前橋市 (諏訪) 石道標 高88㎝(うち、塔身50㎝),幅73㎝ 安永8(1779)   上州の近世石造物1p260   (正面下部右)「東 さんたい明神道/南 いせさき道」、(同左)「北 大こ之道」/正面上部に双体道祖神像を陽刻  
  元総社町の道祖神像道標 もとそうじゃ 前橋市 総社神社 石道標(ハート型?) 高70㎝(像高31㎝),幅74㎝ 天明元(1781)   上州の近世石造物1p76   (正面下部?)「南 たかさき」/正面上部に双体道祖神像(酒器)を陽刻  
  龍蔵寺町の馬頭観音道標 りゅうぞうじ 前橋市 龍蔵寺・大師堂裏 石道標(自然石) 高86㎝(うち、塔身73㎝),幅34㎝ 天明7(1787)   上州の近世石造物1p260 移設 (正面最下部)「東 おふこ/北 あか/南 まい橋/西 こめの」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 2
  文京町の庚申塔道標 ぶんきょう 前橋市 八坂神社 石道標 高161㎝,幅65㎝ 寛政3(1791)   上州の近世石造物1p259 移設/下部埋設 (正面最下部右)「東 日光」、(同左)「西 さねま…」/正面に「庚申塔」と陰刻 2
  川曲町の道祖神道標 かわまがり 前橋市   石道標(自然石) 高122㎝(うち、塔身107㎝),幅75㎝ 寛政4(1792)   上州の近世石造物1p260   (台石正面)「右 惣社道/左 高崎道」/正面に「道陸神」と陰刻  
  富士見町小暮の道祖神道標 ふじみ、
こぐれ
前橋市   石道標 高140(うち、塔身106)㎝,幅60㎝ 寛政4(1792)   富士見村の石造物p53   (正面下部)「東 大胡 三里十三町/南 前橋 一里三十町/西 米野 一里八町/北 赤城大洞 四里二十五町」/正面に「道祖神」と陰刻  
  富士見村町の道標1   前橋市   石道標 高105(うち、塔身55)㎝,幅19㎝ 寛政5(1793)   富士見村の石造物p53   (正面?)「向西 米野渋川道/向南 時澤前橋道/向北 赤城沼田道/向東 嶺、湯之沢道」  
  富士見村町の馬頭観音道標   前橋市   石道標 高70(うち、塔身47)㎝,幅22㎝ 寛政6(1794)   富士見村の石造物p53   (右面)「右 前橋」、(左面)「左 大胡」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻  
  荒口町の庚申塔道標 あらくち 前橋市 (諏訪) 石道標 高110㎝(うち、塔身55㎝),幅35㎝ 寛政11(1799)   上州の近世石造物1p260   (台石正面右)「南、右 前橋/左 五料」、(同左)「北、右 産泰/左 大胡」、(同中央下部)「道」/正面に「庚申」と陰刻  
  粕川町室沢の庚申塔道標 かすかわ、
むろさわ
前橋市 全徳寺・前 石道標 高182㎝(うち、塔身91㎝),幅54㎝ 寛政12(1800)   上州の近世石造物1p25・281 移設? (台石正面右)「右 日光道」、(同左)「左、湯之沢/三夜沢」/正面中央に大きく「庚申」と陰刻 2
  文京町の馬頭観音道標 ぶんきょう 前橋市 天王寺 石道標(自然石) 高83㎝,幅47㎝ 享和2(1802)   上州の近世石造物1p259 移設 (正面右下)「右 さねまさ」/正面に「馬頭大士」と陰刻 2
  朝倉町の馬頭観音道標 あさくら 前橋市 観音堂・霊園 石道標(自然石) 高80㎝,幅48㎝ 文化4(1807)   上州の近世石造物1p261 移設、集約/墓地内 (正面右下)「左 前橋道」/正面中央に「馬頭觀世音」と陰刻 3
写真 大胡町の道標
(大胡宿の道しるべ)
おおご 前橋市 <大胡宿> 石道標(尖頭角柱) 高159㎝(うち、塔身147㎝),幅25㎝ 文化6(1809) 市有形民俗 上州の近世石造物1p280/WEB 一部欠損 (正面)「西 前橋 米野」、(右面)「南 五料 伊勢崎」、(左面)「北 日光 大間々」、(裏面)「東」  
  苗ケ島町の供養塔道標1 なえがしま 前橋市 金剛寺 石道標 高190㎝(うち、塔身90㎝),幅34㎝ 文化7(1810)   上州の近世石造物1p25・281 移設 (台石正面)「是よ里/湯本迄/二里二丁」/正面を枠だけ残して削り込み「百番供養塔」と陰刻 2
  河原浜町の道祖神像道標 かわらはま 前橋市 三叉路 石道標 高115㎝ 文化9(1812)   上州の近世石造物1p280 原位置? (台石正面)「阿かき」/正面に双体道祖神像(祝言)を陽刻 1
  大友町の馬頭観音像道標 おおども 前橋市 長見寺 石道標(自然石) 高80㎝(うち、塔身65㎝),幅44㎝ 文政2(1819)   上州の近世石造物1p259 移設 (正面右下隅)「東 大渡り」、(同左下隅)「左 野道」/正面に馬頭観音立像を陽刻 2
  古市町の供養塔道標 ふるいち 前橋市 古市町公民館 石道標(尖頭角柱) 高94㎝(うち、塔身61㎝),幅24㎝ 文政6(1823)   上州の近世石造物1p259 移設 (正面最下部右)「右、真政/玉邑」、(同左)「左、大渡/惣社」/正面に「百番/巡拝、觀音供養塔」と陰刻 2
写真 大手町の道標
(元上増田町のみちしるべ)
(べったらぼんぐい)
おおて 前橋市 市立図書館 石道標(磁石型) 45㎝×45㎝,
高14㎝
文政7(1824)   上州の近世石造物1p260 移設(もと、上増田町) 中心に向かって放射線状に刻字: (時計回りに記載)「南」「右、ふくしま 一り半/五料 二り」「左、まいはし 三り/さねまさ 三り」「北」「右、さんたい 一り/大胡 二り」「左、いせさき 一り/さかい 三り」/群馬県特有の磁石型の道標/放射線状の刻字は非常に珍しい 2 写真
  西片貝町の道祖神像道標 にしかたかい 前橋市 竜沢寺東参道 ・入口左側 石道標 高108㎝(うち、塔身85㎝),幅75㎝ 文政8(1825)   上州の近世石造物1p72・259 下部埋没 (台石正面)「北 こめの道/東 おふご/南 いせさき/西 まやばし」/正面に双体道祖神像が陽刻 1
  文京町の道祖神道標 ぶんきょう 前橋市 八幡宮 石道標(自然石) 高103㎝(うち、塔身86㎝),幅41㎝ 天保2(1831)   上州の近世石造物1p74・259 移設 (裏面左下?)「右 さねまさ/左 はぎハら」/正面に「道陸神」と陰刻 2
写真 荒口町の毘沙門天像道標 あらくち 前橋市 (諏訪)十字路・南西 石道標 高134㎝(うち、台石2段26+29㎝),幅33.5㎝,厚28㎝ 天保3(1832)   上州の近世石造物1p260/WEB(鎌倉街道上道) 移設→移設時に台石の正面が右面を向いてしまった(面の装飾性から確実) (台石右面)「西 前橋/北 大胡/東 さんたい/南 五」(緑字は異体字)/正面を火灯窓型に削り込み毘沙門天立像を陽刻→毘沙門天像は稀 3
写真 荒口町の道祖神像道標 あらくち 前橋市 (前原)三叉路・南 石道標(自然石) 高146㎝(うち、台石52㎝),幅108㎝,厚32㎝ 天保3(1832)   上州の近世石造物1p75・260/WEB(鎌倉街道上道) 原位置? (正面右下角)「右 福嶋/北 さんたい」/正面中央を円形に削り込み双体道祖神像を陽刻 1
写真 荒口町の地蔵道標 あらくち 前橋市 (前原)十字路・南西 石道標(自然石) 高104㎝(うち、台石18㎝),幅42㎝,厚21㎝ 天保3(1832)   上州の近世石造物1p260/WEB(鎌倉街道上道) 移設/下部埋設→道しるべの部分がほとんど隠れている (台石正面右)「右 二の…/西 ま…/左 …」/正面部分を光背型に削りこみ地蔵立像(蓮台)を陽刻 3
  荒子町の馬頭観音道標 あらこ 前橋市 荒子薬師堂 石道標 高116㎝(うち、塔身83㎝),幅40㎝ 天保9(1838)   上州の近世石造物1p261 移設 (台石正面)「東 さんたひ/西 まひはし」/正面に「馬頭觀世音」(篆書)と陰刻 2
  下長磯の道祖神道標 しもながいそ 前橋市 お上人塚 石道標 高83㎝(うち、塔身70㎝),幅47㎝ 天保15(1844)   上州の近世石造物1p75・260 下部埋没 (正面最下部右)「 こまかた」、(同左)「東 いせさき」/正面上部に「道祖神」と陰刻 2
  鼻毛石町の庚申塔道標 はなげいし 前橋市 (谷地) 石道標 高222㎝(うち、塔身140㎝),幅76㎝ 弘化3(1846)   上州の近世石造物1p281   (正面右?)「右 のミち」、(同左)「左 日光ミち」/正面に「庚申塔」と陰刻  
  富士見町小暮の道標 ふじみ、
こぐれ
前橋市 大鳥居南方(西側) 石道標 高79㎝,幅25㎝ 嘉永元(1848)   富士見村の石造物p53   (正面下部)「西 米野 一里十八町/東 大胡 二里十八町」、(右面)「大洞御本社迄 三里三十一町」/正面に「道しるべ」と陰刻  
  上泉町の庚申塔道標 かみいずみ 前橋市 玉泉寺 石道標 高155㎝(うち、塔身117㎝),幅45㎝ 嘉永6(1853)   上州の近世石造物1p260 移設 (台石正面右端)「右 前はし 一り」、(同左端)「左 駒かた 二り」/正面に「庚申」と陰刻 2
  笂井町の庚申塔道標 うつぼい 前橋市 安養院 石道標 高110㎝(うち、塔身70㎝),幅45㎝ 安政7(1860)   上州の近世石造物1p259 移設 (台石正面右)「北 前はし」、(同中央)「東、大胡/さんたい/こまかた」、(同左)「南 五れう」/正面に「庚申」と陰刻 2
  富士見町の六地蔵道標
(赤城山六道の辻の六面地蔵道標)
ふじみ 前橋市 六道の辻 石道標(六角柱) 高137㎝ 文久3(1863)   富士見村の石造物p53 原位置 (第1面)「南、いしゐ/古めの」、(第2面)「南西、かしわき/みそろき」、
(第3面)「西 つくだ」、(第4面)「北」、(第5面)「北東 赤城山、(第6面)「南東 みのわ」/4段で構成されており、1段目の6面に光背型に削り込まれて地蔵立像が陽刻され、道標しるべは2段目に刻字/南面が正面/六角の道標は珍しい
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  苗ケ島町の供養塔道標2 なえがしま 前橋市 三叉路 石道標 高136㎝,幅27㎝ 江戸期   上州の近世石造物1p281 原位置? (正面右)「ゆのさわ 一り二十六丁」/正面に「供養石」と陰刻/施主が
「東屋佐治右ェ門」と屋号で姓がないので江戸期の可能性
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  女堀 おんなぼり 前橋市・伊勢崎市 城南工業団地 用水路 長12.75㎞,幅15-30m,深3-4m 平安末期~鎌倉初期 国史跡 WEB 水路跡が確認できる/写真→伊勢崎市 1108年の浅間山の大噴火に伴う大量の火山灰・軽石により埋没した耕地に新たな水田を開くために計画された農業用水路/発掘により、設計ミス、各工区間の調整ミス、自然災害などが原因で工事が中断、そのまま放置されたと考えられている 3 写真
  広瀬用水 ひろせ 前橋市・伊勢崎市 利根川 用水路 長約2.5㎞ 天文年間(1532-55)?          
  天狗岩用水 てんぐいわ 前橋市・渋川市 利根川 用水路 長約25㎞ 慶長9(1604)   市教委 C改修/大規模な修復(流路変更、護岸工事)   4-5
写真 上泉郷蔵 じょうせん 前橋市 (上泉町) 郷倉
(土造切妻瓦葺)
  寛政8(1796) 県史跡 WEB 原位置/平成3に解体・修復(屋根は改変) 大胡氏の支城として、天文年間(1550頃)に築かれた上泉城の本丸跡に、前橋藩の貯穀令により建てられた 2
写真 旧・中山道沿いの碓氷峠への古道・跡 うすい 安中市 <鎌倉街道(推定ルート)> 道路(掘割状遺構)   鎌倉時代?   WEB(鎌倉街道上道) 典型的な掘割状の旧道が中山道と交差しながら残る 鎌倉時代からの中世においても北関東から信濃国へ通じる重要な幹線ルートと推定される/古代・七道の東山道との説もある 2
写真 安中原市の杉並木 あんなか、
はらいち
安中市 <中山道> 杉並木   17世紀頃 国天然 WEB 天保15年は732本→文化財指定当時の昭和8年は321本→現在16本((樹齢:約300年以上)/交通量の多い国道18号線沿いにあり、排気ガスなどの影響により大半が枯死 周辺のアスファルト整備等により、多くは根本が枯れており、延命策は講じられていない 4
写真 板鼻鷹巣神社の石橋 いたはな、
たかのす
安中市 (1丁目)鷹之巣橋東交差点・東、人道/板鼻堰 石刎橋 長4.88m,幅2.40m 嘉永6(1853)   WEB(鎌倉街道上道) 保存状態良好だが、周辺環境が良くない 完成形としてはわが国最古の石刎橋である水迫橋(岡山県高梁市、宝永6(1709))と同様の構造。3本の刎石の上に横梁を置き、さらにその上に石梁を載せるため不安定な構造で、連続する刎石の上に直接石梁を載せる山口県の石刎とは根本的に発想が異なる。同じような奇抜な発想が孤立的に出現した貴重かつ面白い事例と言える 1
  郷原の常夜灯 ごうばら 安中市 <中山道・妙義道> 石常夜灯(道標兼) 高約5m 文化5(1808) 市重文 上州の近世石造物1p278 移設 (竿正面)「白雲山」、(台石正面)「妙/義/道」/猫脚/ほぼ立方体に近い4段の石基壇 2
  西上秋間の題目塔道標
(恵宝沢の道標)
にしかみあきま 安中市 (恵宝沢)<榛名・妙義街道> 石道標(自然石) 高120㎝,幅45㎝ 延宝6(1678) 県重文 上州の近世石造物1p277/WEB 移設/中央で水平に折損→修復/金網で四周を囲む (正面右)「これよりきた 者るなみちなり」、(同左)「これよりみなみ みやうぎみち」/正面中央に「(梵字)南無阿弥陀佛」と陰刻/県内最古の道標/17世紀の道標 3
  板鼻の題目塔道標 いたはな 安中市 (館石)陸橋下・四辻 石道標(自然石) 高70㎝,幅57㎝ 宝永5(1708)   上州の近世石造物1p278   (正面右?)「右 やわたみち」、(同左)「左 はるなみち」/正面中央に「南無阿弥陀佛」と陰刻   -
  松井田町八城の道標 まついだ、
やしろ
安中市 集会所・庭 石道標 高52㎝,幅24㎝ 元文4(1739)   上州の近世石造物1p292 移設 「西北 やまみち」、「南 めうぎ」、「東、右 あんなか/いそべ」 2 -
写真 板鼻の道祖神像道標 いたはな 安中市 (2丁目)<中山道・板鼻宿> 石道標(自然石) 高133㎝(うち、台石23㎝),幅100㎝,厚42㎝ 寛政4(1792)   上州の近世石造物1p127/WEB(鎌倉街道上道) 移設(C基礎上)/刻字はほとんど読み取れない(すべて上記資料より) (台石正面)「當驛より/京都へ 百一里三丁/江戸へ 二十一里半丁/日光へ 三十七里/善光寺へ 二十八里三十二丁/榛名山へ 五里/妙義山へ 四里半/加州金澤へ 九十二里半」/正面を円形に削り込み精緻な双体道祖神像を陽刻/京都や金沢までの里呈が記されていることは稀 3
  松井田町上増田の馬頭観音道標 まついだ、
かみますだ
安中市 (原) 石道標(自然石) 高200㎝(うち、塔身147㎝) 寛政2(1790)   上州の近世石造物1p292   (正面右下)「右 さんのくら」、(同左下)「左 かわうら」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻  
  上後閑の庚申塔道標 かみごかん 安中市 上後閑小学校・西 石道標 高110㎝(うち、塔身100㎝),幅73㎝ 寛政2(1790)   上州の近世石造物1p277   (正面下部右?)「右 三ノ倉」、(同左)「左 長源寺」/正面に「庚申塔」と陰刻  
  東上秋間の道標 ひがしかみあきま 安中市 滝入石尊社 石道標 高60.5㎝,幅26㎝ 寛政2(1790)   上州の近世石造物1p277 移設 (正面)「右 石尊道/左 はるな道」 2 -
  中後閑の馬頭観音像道標 なかごかん 安中市 (原百庚申) 石道標(舟型) 高111㎝(うち、塔身95㎝),幅50㎝ 寛政4(1792)   上州の近世石造物1p277   (光背右)「はるな道」、(光背左)「めうき道」/光背中央に馬頭観音○像を陽刻、その下に「百番供養」と陰刻  
写真 中宿の庚申塔道標 なかじゅく 安中市 (1丁目)藤野屋商店・南<中山道> 石道標 高140㎝,44㎝,厚40㎝ 享和2(1802)   WEB(鎌倉街道上道) 移設、最下部C補強で埋没 (左面)「従是、一宮/大日、街道」/正面に大きく「庚申塔」と陰刻 2
  松井田町新堀の庚申塔道標 まついだ、
にいぼり
安中市 (森崎) 石道標 高138㎝(うち、塔身98㎝),幅44㎝ 寛政6(1794)   上州の近世石造物1p292   (左面?)「左 妙義道」/正面に「庚申塔」と陰刻  
  松井田町国衙の馬頭観音道標 まついだ、
こくが
安中市   石道標 高82㎝,幅85㎝ 文化8(1811)   上州の近世石造物1p292   (正面右)「右 はるな道」、(同左)「左 めうき道」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻  
  松井田町松井田の道標 まついだ、
まついだ
安中市 (北横町) 石道標 高63㎝,幅24㎝ 文政6(1823)   上州の近世石造物1p27・292 移設、集約 (正面右)「右 榛名道」、(同左)「左、大戸/川うら、道」 2 -
写真 板鼻の道標1 いたはな 安中市 (2丁目)交差点 石道標 高96㎝,幅24.5㎝,厚24㎝ 文政13(1830)   上州の近世石造物1p278/WEB(鎌倉街道上道) 移設? (正面)「や者多ミち」(=八幡)、(右面)「はる奈、くさ川 い可ほ(=榛名,草津温泉,伊香保温泉)/河原湯 か祢古(=湯宿温泉?,金古?)/澤多り 志婦川(=沢渡温泉,渋川)、みち」/温泉が多く記されている→温泉遺産 2
  板鼻の道標2 いたはな 安中市 (稲荷木) 石道標(自然石) 高73㎝,幅56㎝ 文政13(1830)   上州の近世石造物1p278   (正面右)「右 上大しま」、(同左)「左、はるな/くさつ」   -
写真 東上秋間の石橋供養塔
(三角の橋供養塔)
ひがしかみあきま 安中市   石碑(自然石) 高85㎝,幅54㎝,厚30㎝ 慶長15(1610) 市重文 WEB(鎌倉街道上道)/現地解説板 移設/簡易覆屋内/刻字のうち、「我」「心心」は解説板に記載されているものの判読は困難 (正面)「(梵字3)奉造立石橋者我一心心」/東上秋間村の磯貝伊豆守が同志20人とともに、秋間川支流の久保川に石橋を架け供養したもの/現在判明している限りにおいて全国最古の石橋供養塔(2番目は元禄4なので、それより81年も古い) 2
写真 板鼻の石橋供養塔
(寒念仏橋供養塔)
いたはな 安中市   石碑 高182㎝,幅43㎝,厚37㎝ 享和2(1802) 市史跡 WEB(鎌倉街道上道)/現地解説板 移設 (正面)「橋供養」、(同頂部に篆書体で)「坂東/秩父/西國」、(左面)「奉若先考之遺命夙夜欽念不敢廃肆須石于/閒埜爰建斯橋禋享既往攸詣関西曁山東之/佛陀於橋上永祷行渡聊立石記歳月」/板鼻宿の木嶋七郎佐衛門が中山道を横切る小川に石橋を架けた際、旅人の安全を祈って建立 2
写真 板鼻堰 いたはな 安中市 <中山道・板鼻宿> 用水 長15㎞ 慶長中-後期(1604-14)?   WEB(鎌倉街道上道)/WEB 板鼻宿の保存状態は良好 碓氷川・九十九川から取水し、板鼻・八幡・豊岡を経て烏川に落水する用水 1
写真 国定町の石橋
(元・あずま橋)
くにさだ 伊勢崎市 (1丁目)東橋・東際
<あずま道/早川>
石桁橋 長3.2m,幅1.58m 文化7(1810) 市重文 WEB/WEB(鎌倉街道上道) 移設 橋そのものは小規模かつ最も単純な構造/下記の「国定町の石橋供養塔」と一体化しているところにのみ価値がある 2
写真 境小此木の石尊常夜灯 さかい、
おこのぎ
伊勢崎市 広瀬川・右岸土手下道 石常夜灯(自然石) 高約3m 安政6(1859)   WEB/WEB(鎌倉街道上道) 原位置? (竿正面)「石尊大權現」、(台石正面)「當村中」/石をお椀状に組み上げ上に載る/石尊(大山阿夫利神社)講中による雨乞い祈願の建立→雨降山(大山阿夫利神社)への道しるべを兼ねていると思われる 1
写真 上田町の六角道標
(六道の道標)
かみだ 伊勢崎市 <日光例弊使街道> 石道標(六角柱) 高67㎝,
一辺幅13㎝
元禄10(1697) 市史跡 上州の近世石造物1p305 6m北の道路脇に近接移設 (第1面)「南 平つか通」、(第2面)「いせさき通」、(第3面)「西 ニノミヤ通」、(第4面)「北 山かみ通」、(第5面)「あずま 大原通」、(第6面中央)「東 くわんおん通」/六角道標は珍しい/下記の「上田町の六角供養塔道標」と並ぶ/17世紀の道標 1
写真 豊城町の題目塔道標 とよしろ 伊勢崎市 権現山・東麓・三叉路 石道標 高63㎝,幅23㎝,厚23㎝ 享保3(1718)   伊勢崎の近世石造物p725/WEB
(鎌倉街道上道)
移設? (右面)「東 わき屋 阿しかゝみち/南 さ可い 江戸ミち」、(左面)「西 いせさき めうき道/北 き里う 大まゝミち」/正面に「六能化地藏大菩薩」と陰刻(緑字は異体字)、裏面に「まよひ子耳 みちを/おしゆる/かゝし可奈」の俳句を刻字 2 -
  赤堀今井町の馬頭観音道標 あかぼり、
いまい
伊勢崎市 多田山信号・東 石道標(尖頭角柱) 高62㎝,幅24㎝ 享保3(1718)   上州の近世石造物1p305   (正面右下)「右、前橋/産泰、大胡道」、(同左下)「左、石山/伊勢崎、道」/正面上部に「馬頭大士」と陰刻   -
  連取本町の地蔵道標 つなとりほん 伊勢崎市   石道標(丸彫) 高147.5㎝(うち、塔身78.5㎝),
幅26㎝,厚19㎝
享保14(1729)   伊勢崎の近世石造物p567/上州の近世石造物1p265 移設 (台石右面)「北、まへ/はし」、(台石左面)「西、ふく/しま」/台石上に地蔵立像(蓮台、餅型台石)の丸彫を載せる 2
写真 境三ツ木の地蔵道標 さかい、
みつぎ
伊勢崎市 真福寺 石道標(丸彫) 高158㎝(うち、台石2段44㎝),幅31㎝,厚22㎝ 寛保元(1741)   上州の近世石造物1p306/WEB
(鎌倉街道上道)
移設/刻字不鮮明 (台石右面下部)「南、女塚村/小角田村」、(台石左面)「北、境村/境町/萩原村」/台石上に地蔵立像の丸彫を載せる 2
  赤堀今井町の仏像(?)道標 あかぼり、
いまい
伊勢崎市 (北原) 石道標 高75㎝(うち、塔身53㎝),幅25㎝ 寛保3(1743)   上州の近世石造物1p305 仏像欠損 (正面)「右 やま行/左 中乃沢行」/頂部に仏像脚部 3 -
  国定町の仏像(?)道標 くにさだ 伊勢崎市   石道標(自然石) 高100㎝,幅76㎝ 延享4(1747)   上州の近世石造物1p305 像容不明 (正面右)「右ハ 大ご道 三り」、(同左)「左ハ いせさき道 三り」/正面中央に仏像(?)の陽刻 2
  本関町の庚申塔道標 ほんせき 伊勢崎市   石道標(自然石) 高95㎝,幅59㎝,厚80㎝ 延享5(1748)   伊勢崎の近世石造物p326/上州の近世石造物1p265 移設→置いてあるだけ (右面)「大まゝ道」、(左面)「いせさき道」/正面に「庚申塔」と陰刻 3
  市場町の道標 いちば 伊勢崎市   石道標 高127㎝ 寛延2(1749)   上州の近世石造物1p305   (正面)「南方 伊勢崎 中瀬」、(右面)「東方 桐生 大間々」、(左面)「西方 大胡 湯の沢」、(裏面)「北方 大間々 山上」  
  日乃出町の地蔵道標 ひので 伊勢崎市   石道標(丸彫) 高52㎝ 宝歴5(1755)   上州の近世石造物1p265   (台石正面右)「東 足利」、(?)「西 伊勢崎」、(?)「東 大間々」/台石上に地蔵立像の丸彫を載せる   -
  東小保方町の地蔵道標 ひがしおぼかた 伊勢崎市 (平井) 石道標 高110㎝(うち、塔身91㎝) 宝暦11(1761)   上州の近世石造物1p306   「右 いせさき道」/正面中央に地蔵○像の陽刻  
写真 香林町の如意輪観音像道標 こうばやし 伊勢崎市 (2丁目)三叉路 石道標(舟型) 高192㎝(うち、台石3段88㎝),幅50㎝,厚23㎝ 宝暦12(1762)   上州の近世石造物1p305/WEB
(鎌倉街道上道)
原位置?/光背頂部が欠損 (上段台石)「右、ミよさわ/ゆの沢、道」、(上段台石)「左、いせさき/さ可い、道」/光背中央に如意輪観音の半跏坐像(光輪)を陽刻、蓮台の下の上段台石正面に「廿/二/夜、念佛供養」と陰刻 1
  赤堀今井町の如意輪観音像道標 あかぼり、
いまい
伊勢崎市 (北原) 石道標(舟型) 高162㎝(うち、塔身63㎝),幅42㎝ 安永3(1774)   上州の近世石造物1p30・305 移設、集約 (最上段台石正面)「右 山上/左 三夜沢」/台石の上に蓮台、光背付きの如意輪観音の半跏坐像を載せる 2
  三和町の馬頭観音像道標 さんわ 伊勢崎市 堤原・屋台倉 石道標 高80.5㎝(うち、塔身60.5㎝),
幅26㎝
安永4(1775)   上州の近世石造物1p265   (台石右面)「右 大間々/前 いせさき、道」、(台石左面)「左、石山/大胡、ミち」/馬頭観音の像容不明  
写真 大正寺町の如意輪観音像道標 だいしょうじ 伊勢崎市 豊武神社<例幣使街道> 石道標(笠付き) 高152㎝(うち、台石2段36㎝),幅37㎝,厚37㎝ 安永8(1779)   伊勢崎の近世石造物p268/WEB
(鎌倉街道上道)
移設 (台石左面右端)「右 ちゝぶ」、(同左)「左 日光」/正面を光背型に削り込み、如意輪観音の半跏坐像を陽刻、左面に「二拾二夜供羪」、台石正面に「村中/男女」と陰刻/笠正面に唐破風、台石上に蓮台 2
写真 境の如意輪観音像道標 さかい 伊勢崎市 愛染院 石道標 高93㎝(うち、台石2段37㎝),幅24.5㎝,厚19㎝ 安永9(1780)   上州の近世石造物1p306/WEB
(鎌倉街道上道)
移設、集約 (台石右)「右、本庄/秩父、道」、(同左)「左、中瀬/江戸、道」/正面を火灯窓型に削り込み如意輪観音の半跏坐像を陽刻、台石正面に「二十二夜待」と陰刻 2
  安堀町の道祖神道標 あんぼり 伊勢崎市 (西組)阿久津家墓地 石道標(自然石) 高88㎝,幅62㎝,厚58㎝ 安永10(1781)?   伊勢崎の近世石造物p502/上州の近世石造物1p89・266 移設、集約 (右面)「北 まえはし道」、(左面)「いセさき道」、(裏面左下)「西 ふくしま道」/正面に「道祖神」と陰刻/建立年「□□□辛丑天三月吉旦」とあり、第一選択肢は安永10だが、享保6(1721)の可能性もある 3
写真 上田町の六角供養塔道標
(六道の道標)
かみだ 伊勢崎市 <例弊使街道> 石道標(六角柱) 高69㎝,
一辺幅21.5㎝
天明元(1781) 市史跡 WEB/上州の近世石造物1p305 6m北の道路脇に近接移設 (第1面)「四國、きりう/大間々、通」、(第2面)「坂東、につた/足利、通」、(第3面)「秩父、中せ/くまかい、通」、(第4面)「奉納、伊勢崎/たかさ起、通」、(第5面)「西國、二之宮/前ばし、通」、(第6面)「北供養、赤城/湯のさわ、通」/廻国供養と道しるべが一体化/六角道標は珍しい/上記の「上田町の六角道標」と並ぶ 1
写真 境東の供養塔道標
(東町の道しるべ)
さかい、
あずま
伊勢崎市 <例弊使街道・世良田道・江戸道(深谷方面)> 石道標 高114㎝(うち、台石2段40㎝),幅30㎝,厚27㎝ 天明7(1787)   上州の近世石造物1p307/WEB
(鎌倉街道上道)
/現地解説板
原位置? (右面)「右 江戸 奈加せ/左 日光 きさき、道」、(左面)「此方、世良田/たて者やし、道」、(裏面)「右、古里やう/いせさき」、(台石正面)「南」、(台石右面)「西」、(台石左面)「東」、(台石裏面)「北」/正面に「奉納、西國四國/秩父坂東、供養塔」と陰刻 1
写真 境女塚の庚申塔道標 さかい、
おなづか
伊勢崎市 女塚会館<例幣使街道?> 石道標(自然石) 高160㎝(うち、台石50㎝),幅70㎝,厚48㎝ 天明8(1788)   現地解説板/WEB
(鎌倉街道上道)
再移設 (右面)「湯泉薬師道」、(左面)「太田/日光、道」/正面に「大青面金剛」と陰刻/薬師湯泉とは東方500mにある元鉱泉を指す/温泉遺産 2
  境平塚の馬頭観音道標 さかい、
ひらつか
伊勢崎市 天人寺 石道標 高115㎝(うち、塔身101㎝),幅24㎝ 寛政7(1795)   上州の近世石造物1p306 移設 (右面)「いせさき/まやはし、みち」、(左面)「太田/大間々、日光道」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 2
  西小保方町の馬頭観音道標 にしおぼかた 伊勢崎市   石道標 高80㎝,幅60㎝ 寛政11(1799)   上州の近世石造物1p305 移設 (正面最下部?)「東 大原道/南 さかい道/西 いせさき道/北 大間々道」/正面中央に「馬頭觀世音」と陰刻 2
  波志江町の道祖神道標 はしえ 伊勢崎市 (2丁目・岡屋敷) 石道標(自然石) 高86㎝,幅50㎝,厚47㎝ 寛政12(1800)   伊勢崎の近世石造物p505/上州の近世石造物1p89・266   (正面下部右)「右、前ばし/大こ」、(同左)「左 福島」/正面に「道祖神」と陰刻  
  国定町の供養塔道標 くにさだ 伊勢崎市   石道標 高120㎝(うち、塔身76.5㎝),
幅30.5㎝
文化7(1810)   上州の近世石造物1p305   (最下段台石○面)「東/大原/大田/足利/坂東/出流」「是方/伊勢崎/前橋/坂東/白岩/水沢」「是方/桐生/日光/大間々」/正面に「百番供養塔」と陰刻  
  境保泉の題目塔道標 さかい、
ほずみ
伊勢崎市 勝山神社 石道標 高206㎝(うち、塔身69㎝),幅46㎝ 文化8(1811)   上州の近世石造物1p306 移設 (台石正面)「右 いせさき/左 五料/ふくしま/まえはし」/正面に大きく「天王宮」と陰刻 2
  茂呂町の道標 もろ 伊勢崎市 (2丁目)茂呂小学校・南 石道標 高76㎝,幅29.5㎝ 文化10(1813)   上州の近世石造物1p264   (正面)「北 いせさき」、(裏面)「南 本庄」   -
  上諏訪町の庚申塔道標 かみすわ 伊勢崎市 上諏訪町会議所・南十字路 石道標(舟型) 高92㎝,幅38㎝,厚21㎝ 天保年間(1830-44)   伊勢崎の近世石造物p383   (台石正面)「東 境太田/南 本庄/西 伊勢崎/北 石山産泰」/光背中央に青面金剛立像(日月、六手合掌、三猿)を陽刻  
写真 日乃出町の道祖神像道標1 ひので 伊勢崎市 延命親子地蔵尊 石道標 高100㎝,幅23㎝,厚22㎝ 天保3(1832)   現地解説板/WEB
(鎌倉街道上道)
移設 (正面頂部)「南」、(同像下)「五里やう」、(右面上部)「東、太田/あし加ゞ」、(左面上部)「西 いせさき」、(裏面上部)「北 赤城山道」/正面上部を円形に削り込み、双体道祖神像(徳利・盃)を小さく陽刻/下記「日乃出町の道祖神像道標2」と同年の建立で記載内容も全く同じだが、道祖神の像容がこちらの方が類型的 2
写真 日乃出町の道祖神像道標2 ひので 伊勢崎市 流通団地西交差点・南 石道標 高90㎝,幅29㎝,厚16.5㎝ 天保3(1832)   伊勢崎の近世石造物p509/WEB
(鎌倉街道上道)
移設→個人宅(見学可) (正面頂部)「南」、(同像下)「五里やう」、(右面上部)「東、太田/あし加ゝ」、(左面上部)「西 いせさき」、(裏面上部)「北 赤城山道」/正面上部を円形に削り込み、双体道祖神像(徳利・盃)を小さく陽刻 3
  境島村の馬頭観音道標 さかい、
しまむら
伊勢崎市   石道標 高80㎝(うち、塔身64㎝),幅35㎝ 嘉永2(1849)   上州の近世石造物1p306 移設→個人宅 (台石正面右)「北、□□」、(同左)「東 中瀬」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 4
  上之宮町の道祖神道標 かみのみや 伊勢崎市 倭文神社 石道標 高76.5㎝,幅40㎝,厚35㎝ 嘉永4(1851)   伊勢崎の近世石造物p510/上州の近世石造物1p90・266 移設 (正面下部)「東/いせさき道」、(右面)「北/ふくしま道」/正面に「道祖神」と陰刻 2 -
写真 下道寺町の庚申塔道標 げどうじ 伊勢崎市 (塔の辻)<例幣使街道> 石道標(円柱) 高127㎝,径30㎝ 万延元(1860)   上州の近世石造物1p266/WEB
(鎌倉街道上道)
原位置?/下部埋設 (正面最下部)「右 五りや…/左 やつた…」/正面部分に「猿田彦大神」と陰刻/円柱道標は珍しい 1
写真 日乃出町の庚申塔道標 ひので 伊勢崎市 雲晴院・参道 石道標(自然石) 高96㎝,幅94㎝,厚69㎝ 万延元(1860)   伊勢崎の近世石造物p394/WEB
(鎌倉街道上道)
移設 (右面中央部を平らに削って)「右、いし山/さんた以」/正面に「庚申塔」と陰刻 2
  南千木町の道標 みなみせんぎ 伊勢崎市 鈴木家裏 石道標 高56㎝,幅20㎝㎝ 慶応3(1867)   上州の近世石造物1p264   (正面右?)「右 本庄道 東 さ加い道」、(正面左?)「北、伊勢崎/福し満、道」   -
写真 国定町の橋供養塔 くにさだ 伊勢崎市 (1丁目)国定橋・東 石碑(舟型?) 高54㎝,幅34㎝,厚13㎝ 宝暦3(1753)   WEB/WEB(鎌倉街道上道) 移設/顔が2体とも欠損/元々の石碑の形も不明 (光背右端)「橋供養」/光背全面に双体道祖神の浮彫 3
写真 国定町の石橋供養塔 くにさだ 伊勢崎市 (1丁目)東橋・東際 石碑 高160㎝(塔身のみ),幅42㎝,厚33㎝ 文化8(1811) 市重文 WEB/WEB(鎌倉街道上道) 移設 (左面上部)「橋供養」/正面に「二十三夜塔」と大きく陰刻/左面下部には「土橋年々爲夏水所破行人以深爲患故郷人欲新造石橋…」と土橋から石橋への架け替えの経緯が記されている/上記「国定町の石橋」と一箇所にまとめて置いてある(関連性は分かるが、何となく侘しい) 2
写真 昭和町の橋供養塔 しょうわ 伊勢崎市 天増寺・入口西 石碑(丸彫) 高467㎝ 宝暦12(1762) 市重文 現地解説板 平成22に17m移設 (上段台石正面)「橋供羪尊像」/台石上に大型の地蔵立像(錫杖、蓮台、敷茄子)を載せる/石工:和泉屋治良右衛門/上段台石上部右左に「妙典/千部」、下段台石正面には「近里/遠村/施入/道俗/諸願/成就」と陰刻/粕川にかかる天増寺橋の無事を願い建立されたもの(法華経千部を読誦する功徳で、橋の安全と民の安穏息災を願い、同時に、現世と来世とを結ぶ極楽浄土への橋渡しの祈りも込められているとされる/橋供養塔としては現在把握している限り最も背が高い 2 写真
写真 日乃出町の敷石供養塔 ひので 伊勢崎市 雲晴院 石碑 高78㎝(うち、台石20㎝),幅26.5㎝,厚23㎝ 宝暦13(1763)   WEB/WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約 (正面)「敷石供養」(緑字は異体字)/裏面一面に敷石の経緯が書かれている(竣工の翌年に建立) 2
写真 三光町の常夜灯
(伊勢崎河岸の石灯籠)
さんこう 伊勢崎市 広瀬川 石常夜灯
(河川舟運)
  文政2(1819) 市有形   昭和47に広瀬川河岸から現在位置へ移設 (竿右面)「住吉大神宮」、(竿左面)「大杉大明神」/船問屋・武孫右衛門、荷主・瀬川太兵衛が願主となり、近郷近在の荷主を募って建立→広瀬川を行き来する舟の安全と商売繁盛を願ったもの/猫脚 2
写真 女堀 おんなぼり 伊勢崎市・前橋市 赤堀町しょうぶ園
<桃の木川→早川>
用水路 長12.75㎞,幅15-30m,深3-4m 平安末期~鎌倉初期 国史跡 WEB 菖蒲園として保全活用 1108年の浅間山の大噴火に伴う大量の火山灰・軽石により埋没した耕地に新たな水田を開くために計画された農業用水路/発掘により、設計ミス、各工区間の調整ミス、自然災害などが原因で工事が中断、そのまま放置されたと考えられている 2 写真
写真 島村の板倉 しまむら 伊勢崎市   郷倉
(木造切妻瓦葺)
桁行2.7m,梁間1.8m 天明2(1782) 市有形   きれいに復元 郷倉としては、珍しく開放的な構造/内壁右面に「上野国佐位郡島村 栗原清右衛門、三ッ小屋 大工 伊八、久保同 文四郎」、左面に「天明弐壬寅極月吉日」の墨書銘 1
写真 新田の東山道駅路 にった・とうさん 太田市 東山道公園<東山道> 道路 長約220m,
幅10-13m
7世紀後半 市史跡 木下良/WEB 史跡公園化/遺構上に盛り土を行い、東半分には道路遺構の上部に簡易的な舗装/側溝部分を石敷することで遺構の位置を示す 平安時代の東山道駅跡が発掘調査した際に確認/奈良の都と東国をつなぐ官道として整備/新田町から境町まで8㎞以上にわたって一直線に造られた部分

4

写真 渡月橋 とげつ 太田市 長楽寺三仏堂・蓮池 石刎橋(ヒンジ式) 長6.6m(G),
幅2.5m
寛政8(1796)   WEB(鎌倉街道上道) 昭和6の西埼玉地震で倒壊→翌年再建/保存状態良好 両端の石刎と石桁は相欠継ぎで連結→長州藩以外のヒンジ式石刎橋はきわめて稀→長州藩でも相欠継ぎ構造は3橋しかない(しかも、この形式としては、国内最古)→現状では橋台が接近し過ぎているためせっかくの刎出しによる径間拡大の効果がほとんどなくなってしまっているが、建造当初は現在の倍の桁下空間があったと推測される/擬宝珠付きの板状高欄/石工・天野源兵衛 2
写真 大原町の秋葉山常夜灯 おおばら 太田市 大原上交差点・南300m・秋葉神社<銅山街道> 石常夜灯 高2.6m 享和2(1802)   WEB(鎌倉街道上道) 移設 (竿正面)「奉納秋葉大権現」、(台石正面)「當町中」/中台正面に簡単な浮彫/石基壇なし 2
写真 新田木崎町の金毘羅常夜灯 にった、きざき 太田市 大通寺 石常夜灯(道標兼) 高2.25m 文化4(1807)   新田町の石造物と金工品p215/WEB
(鎌倉街道上道)
移設/移設時に上段台石の正面が左面になった可能性あり (竿正面)「金羅大権現」(緑字は異体字)、(上段台石左面)「右/大門/左/大者ら/大まゝ/道」/石基壇あり 2
写真 藪塚町の石尊常夜灯 やぶづか 太田市 十輪寺・跡 石常夜灯 高2.73m 天保14(1843)   WEB(鎌倉街道上道) 原位置? (竿正面)「石尊大權現」、(同・両脇)「大天狗/小天狗」/猫脚/石基壇あり(石組が見事) 1
  新田反町町の地蔵道標 にった、
そりまち
太田市 相田墓地 石道標 高152㎝,幅28㎝ 元禄6(1693)   新田町の石造物と金工品p214 移設→墓地 (○面)「靏生田 堀口/細谷 押切/竹沢 前嶋」、(○面)「小此木 花香塚/新井 田中/出塚 綿打/大館 金井」/正面に地蔵○像を陽刻(?)/17世紀の道標 3
  高林の地蔵道標 たかはやし 太田市 (向野) 石道標 高118㎝,幅38㎝ 宝永3(1706)   上州の近世石造物1p267   (正面像下?)「南 古戸道/北 太田道」/正面頂部に地蔵○像を陽刻(?)  
  矢場町の題目塔道標 やば 太田市 恵林寺 石道標 高65㎝,幅42㎝ 宝永8(1711)   上州の近世石造物1p267 移設 (正面最下部)「みぎハ さのミち/ひたり あしかゞ」/正面に「奉造立万田廻向佛」と陰刻 2 -
  藤阿久町の地蔵道標 ふじあぐ 太田市 (椿森) 石道標 高154㎝,幅40㎝ 正徳元(1711)   上州の近世石造物1p267   (正面像下?)「右 脇屋道/左 中仙道」/正面頂部に地蔵○像を陽刻(?)  
写真 新田中江田町の地蔵道標 にった、
なかえだ
太田市 三本辻地蔵尊<例幣使街道~利根川中瀬の渡し> 石道標(丸彫) 高120㎝,幅30㎝ 正徳5(1715) 市重文 新田町の石造物と金工品p214 移設/木造銅板葺の立派な祠内だが内部は物置状態/内部に入れないため刻字も確認できず (台石右下)「妙儀四は道」、(同左下)「秩父中瀬道」/台石上に地蔵立像の丸彫を載せる 3
  東金井町の地蔵道標 ひがしかない 太田市 洞谷寺 石道標 高162㎝,幅39㎝ 正徳6(1716)   上州の近世石造物1p267 移設 (正面像下?)「右ハ 足利道/左ハ 丸山道」/正面頂部に地蔵○像を陽刻(?) 2
  矢田堀町の地蔵道標 やたぼり 太田市 瑞岩寺 石道標 高169㎝,幅38㎝ 享保2(1717)   上州の近世石造物1p267 移設 (正面像下?)「右ハ 太田道/左ハ 足利道」/正面頂部に地蔵○像を陽刻(?) 2
写真 上田島町の庚申塔道標 かみたじま 太田市 (杉ノ内)三叉路 石道標(駒型) 高128㎝(うち、台石16㎝),幅50㎝,厚28㎝ 享保3(1718)   上州の近世石造物1p267/WEB
(鎌倉街道上道)
移設 (正面右端)「右 王きや道」、(同左端)「左 大間々道」/正面に青面金剛立像(六手合掌、二鶏、三猿)を陽刻 2
  龍舞町の地蔵道標 りゅうまい 太田市 上耕地集会場 石道標 高196㎝,幅39㎝ 享保6(1721)   上州の近世石造物1p267 移設 (正面像下?)「向 あしかゞ 南 おしま/左 太田 1り 館林 三り」/正面頂部に地蔵○像を陽刻(?) 2
  只上町の題目塔道標 ただかり 太田市 (原宿) 石道標 高128㎝,幅26㎝ 享保8(1723)   上州の近世石造物1p267   (正面左下)「上 大間々道)、(同最下部?)「□□ 丸山道/ 足利道」/正面頂部に「奉造立地蔵尊」と陰刻  
  阿久津町の供養塔道標 あくつ 太田市 正光寺 石道標 高100㎝,幅50㎝ 享保9(1724)   尾島町の石造遺物p63 移設 (正面像下?)「右 岩松村 備前島/左 小島村 押切村」/正面頂部に地蔵○像を陽刻(?)、その下に「念佛供養」と陰刻(?) 2
  新田下田中町の供養塔道標 にった、
しもだなか
太田市 円福寺 石道標 高87㎝,幅41㎝ 享保11(1726)   新田町の石造物と金工品p214 移設 (○面)「東、大間々/大原、道」、(○面)「南、平塚/…」/正面に「秩父/西國/坂東、百番供養」と陰刻 2
  台之郷町の供養塔道標 だいのごう 太田市 岩松寺 石道標 高129㎝,幅31㎝ 元文2(1737)   上州の近世石造物1p267 移設 (正面最下部)「右 きりう/左 太田」/正面に「念佛供□□」と陰刻  
  内ケ島町の庚申塔道標 うちがしま 太田市   石道標 高57㎝,幅30㎝ 元文5(1740)   上州の近世石造物1p267   (正面像下?)「東 たてはやし/南 古戸道/北 □□道/西 太田道」/正面頂部に青面金剛○像を陽刻  
  矢場町の地蔵道標 やば 太田市 恵林寺 石道標 高118㎝,幅25㎝ 延享3(1746)   上州の近世石造物1p267 移設 (正面像下?)「右ハ 小林道/左ハ 台之郷」/正面頂部に地蔵○像を陽刻(?) 2
  矢田堀町の地蔵道標 やたぼり 太田市 瑞岩寺 石道標 高160㎝,幅33㎝ 宝歴12(1762)   上州の近世石造物1p267 移設 (正面像下?)「右 大原道/左 わきや道」/正面頂部に地蔵○像を陽刻(?)、その下に「念佛供養」と陰刻 2
  東金井町の題目塔道標 ひがしかない 太田市 洞谷寺 石道標 高142㎝,幅26㎝ 明和元(1764)   上州の近世石造物1p267 移設 (正面最下部)「右 あしかゞミち/左 きりうミち」/正面に「二十二夜」と陰刻 2
  台之郷町の地蔵道標 だいのごう 太田市 岩松寺 石道標 高80㎝,幅23㎝ 明和3(1766)   上州の近世石造物1p267 移設 (正面最下部)「北 足利/南 小泉」/正面に「奉造立地蔵尊」と陰刻 2
  高林の如意輪観音像道標 たかはやし 太田市 (向野) 石道標 高70㎝,幅35㎝ 明和8(1771)   上州の近世石造物1p267   (正面像下?)「右 こいつみ道/左 おふた道」/正面頂部に如意輪観音の半跏坐像を陽刻(?)  
  吉沢町の如意輪観音像道標 よしざわ 太田市 (荻原) 石道標 高118㎝,幅30㎝ 安永2(1773)   上州の近世石造物1p267   (正面像下?)「東 足利 桐生道/西 大原宿 伊勢崎道」/正面頂部に如意輪観音の半跏坐像を陽刻(?)  
  藤阿久町の如意輪観音像道標 ふじあぐ 太田市 真光院 石道標 高126㎝,幅33㎝ 安永6(1777)   上州の近世石造物1p267 移設 (正面像下左?)「左 太田道」/正面頂部に如意輪観音の半跏坐像を陽刻(?)、その下に「二十二夜」と陰刻 2
  東矢島町の地蔵道標 ひがしやじま 太田市 新田墓地 石道標 高85㎝,幅25㎝ 安永7(1778)   上州の近世石造物1p267 移設→墓地 (正面像下?)「西 おじマ なかセ/東 古氷 こいづミ道」/正面頂部に地蔵○像を陽刻(?)、その下に「念佛地蔵」と陰刻 3
  新田小金井町の如意輪観音像道標 にった、
こがない
太田市 原口墓地 石道標(尖頭角柱) 高147㎝,幅48㎝ 天明4(1784)   新田町の石造物と金工品p215 移設→墓地 (正面最下部?)「右 長岡道/左 大原道」/正面頂部に如意輪観音の半跏坐像を陽刻(?)、その下に「二十二夜塔」と陰刻 3
  新田反町町の庚申塔道標 にった、
そりまち
太田市 照明寺 石道標 高107㎝,幅38㎝ 寛政8(1796)   新田町の石造物と金工品p215 移設 (正面最下部)「北 きりう/南 きざき」/正面に「庚申塔」と陰刻 2
写真 世良田町の供養塔道標 せらだ 太田市 三仏堂 石道標 高79㎝(うち、台石11㎝),幅28㎝,厚21㎝ 寛政8(1796)   上州の近世石造物1p308/WEB
(鎌倉街道上道)
移設 (右面下部右)「右 木崎 太田道」、(同左)「左 大原 大間々道」/正面に「奉納、西國/秩父/坂東、供養塔」と陰刻 2
  中根町の馬頭観音道標 なかね 太田市 東勝寺 石道標 高54㎝,幅26㎝ 寛政8(1796)   上州の近世石造物1p268 移設 (正面最下部)「東 太田 細矢稲荷/北 大間々 桐生 」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 2 -
  新田市町の庚申塔道標 にった、いち 太田市 <銅街道> 石道標(駒型) 高123㎝,幅32㎝ 寛政12(1800)   新田町の石造物と金工品p215 近接移設? (正面最下部)「東、丸山/太田」/正面に「庚申塔」と陰刻、頂部に“日月”の陽刻 1
  新田市野井町の庚申塔道標 にった、
いちのい
太田市 市野井・辻 石道標(自然石) 高96㎝,幅42㎝ 寛政12(1800)   新田町の石造物と金工品p215 原位置? (正面最下部)「東 丸山道/北 いせさき道/南 きさき道」/正面に
「(梵字)庚申」と陰刻、頂部に“日月”の陽刻
1
  岩松町の庚申塔道標 いわまつ 太田市 (本郷) 石道標 高96㎝,幅46㎝ 寛政12(1800)   尾島町の石造遺物p124   (正面最下部)「右 おしま/東 こいすみ/左 こしま舟わたし」/正面に
「庚申」と陰刻
 
  新田中江田町の庚申塔道標 にった、
なかえだ
太田市 寒沢地蔵堂 石道標 高65㎝,幅29㎝ 寛政12(1800)   新田町の石造物と金工品p215 移設 (正面最下部?)「右、五里やう/うせさき」「左、せらだ/中ぜ」/正面に
「庚申塔」と陰刻
  -
  東本町の供養塔道標 ひがしほん 太田市   石道標 高122㎝ 享和3(1803)   上州の近世石造物1p268 移設(もと、栄町) (正面最下部)「右 たてばやし こか道/左 日光道/やざきの道」/正面に「百番供養塔」と陰刻 2
  沖之郷町の馬頭観音像道標 おきのごう 太田市   石道標 高80㎝,幅29㎝ 文化6(1809)   上州の近世石造物1p268   (正面像下?)「右小泉/西 太田/左 館林」/正面頂部に馬頭観音の○像を陽刻(?)  
  沖之郷町の地蔵道標 おきのごう 太田市   石道標 高63㎝,幅27㎝ 文政7(1824)   上州の近世石造物1p268   (正面左?)「沖之郷」、(正面像下?)「北 あしかゞ やぎ/南 こいつみ こかへ」/正面頂部に地蔵○像を陽刻(?)   -
  新田中江田町の供養塔道標 にった、
なかえだ
太田市 阿弥陀寺墓地 石道標(自然石) 高95㎝,幅50㎝ 文政11(1828)   新田町の石造物と金工品p215 移設→墓地 (正面最下部?)「西、世良田/奈可き、道」「北、木崎/日光、道」/正面に「百萬遍供養塔」と陰刻 3
  大久保町の供養塔道標 おおくぼ 太田市 (高札上)集会所・南 石道標 高67㎝,幅27㎝ 天保3(1832)   上州の近世石造物1p310   (正面最下部?)「北 おおはら/東 おおた/西 いせさき」/正面に「百番供養塔」と陰刻   -
写真 大原町の道標
(あづま道道標)
おおばら 太田市 <銅山街道・あづま道> 石道標(尖頭角柱、安山岩) 高74㎝,24㎝角 天保4(1833) 市建造物 WEB(山歩きとサイクリング) 市教委が保管/現地にはレプリカ〔写真は、敢えてレプリカ〕 (正面)「南 江戸道、太田/木崎/足利」、(右面)「北、足尾銅山/日光道、桐生/大間々/赤城山」、(左面)「西 あ津ま道、産泰/大胡/伊勢崎、前橋/伊香保/草津」、(裏面)「東 在〃道」、(同左端)「上州新田大原駅」/足尾銅山や伊香保・草津の温泉地が書かれている 3
写真 新田木崎町の供養塔道標 にった、きざき 太田市 大通寺 石道標 高225㎝(うち、台石4段105㎝),幅39㎝,厚27.5㎝ 天保11(1840)   新田町の石造物と金工品p216/WEB
(鎌倉街道上道)
移設/移設時に上段台石の表裏が逆転した可能性大 (上段台石裏面右)「右 大門」、(同左)「左、大原/大間々」/正面に「聖徳太子」と大きく陰刻 2
  下浜田町の題目塔道標 しもはまだ 太田市 吉祥寺 石道標 高106㎝,幅31㎝ 天保11(1840)   上州の近世石造物1p268 移設 (正面最下部)「右 ほそや/左 おふた」/正面に「廿二夜」と陰刻 2
  新田中江田町の馬頭観音道標 にった、
なかえだ
太田市 阿弥陀寺墓地 石道標 高85㎝,幅30㎝ 天保15(1844)   新田町の石造物と金工品p216 移設→墓地 (正面最下部?)「右、木崎/太田」「左、大原/大間々」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 3
  新田中江田町の題目塔道標 にった、
なかえだ
太田市   石道標 高200㎝,幅45㎝ 嘉永元(1848)   新田町の石造物と金工品p216 移設→個人宅 (正面最下部?)「右、太田/木崎」「左、世良田/中瀬」/正面に「二十二夜塔」と陰刻 4
  前小屋町の庚申塔道標 まえごや 太田市   石道標(自然石) 高134㎝,幅82㎝ 嘉永元(1848)   尾島町の石造遺物p133   (正面最下部右?)「南、ふかや 一り/くまかや 三り/さかみ大山 二十八里/江戸 二十里」、(同中央?)「東 めぬま 一里」、(同左?)「北 おしま 一里/せら田 一り半」/正面に「庚申」と陰刻、頂部に“日月”、下部に“三猿”の陽刻  
  中根町の題目塔道標 なかね 太田市 (荻原) 石道標 高66㎝,幅31㎝ 嘉永3(1850)   上州の近世石造物1p268   (正面最下部)「東 いなり道」/正面に「二十三夜」と陰刻   -
  大舘町の道祖神道標 おおたち 太田市 八幡神社 石道標(自然石) 高93㎝,幅74㎝ 嘉永4(1851)   尾島町の石造遺物p186/上州の近世石造物1p254 移設 (正面最下部?)「東 おじま 廿五丁/おおた 三り/こいずみ 三り/あしかが 五り/西 いでつかめいし 三丁/南 ふなわたし 五丁/なかぜ 十五丁/ふかや 二り/ほんじょう 三り/北 きさき 廿五丁/おほばら 三り/おほまま 五り/きりう 五り」/正面上部に「道祖神」と陰刻 2
  飯田町の供養塔道標 いいだ 太田市 霊雲寺 石道標 高70㎝,幅50㎝ 嘉永6(1853)   上州の近世石造物1p268 移設 (正面最下部)「右 めぬま ふつと/左 こへつみ あかへは」/正面に「百番供養」と陰刻 2 -
  古戸町の馬頭観音道標 ふると 太田市 赤城墓地 石道標 高81㎝,幅30㎝ 安政3(1856)   上州の近世石造物1p268 移設→墓地 (正面最下部)「東 小いつみ さの/南 くまかへ/西 太田 きり生 足かゞ」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 3
  茂木町の庚申塔道標 もてぎ 太田市 御霊神社 石道標 高101㎝,幅40㎝ 安政5(1858)   上州の近世石造物1p268 移設 (正面最下部)「南 たてはやし/右 太田/北 あしかゞ」/正面に「庚申」と陰刻 2
  粕川町の庚申塔道標 かすかわ 太田市   石道標 高70㎝,幅29㎝ 安政7(1860)   尾島町の石造遺物p141 移設→墓地 (正面最下部)「右 きさき/向 おしま/左り なかせ」、(○面)「是より右 さかい」/正面に「庚申」と陰刻 3 -
  飯塚町の庚申塔道標 いいづか 太田市 正泉寺 石道標 高99㎝,幅30㎝ 万延元(1860)   上州の近世石造物1p268 移設 (正面最下部)「右 太田/東 小泉/左 尾島」/正面に「庚申」と陰刻 2
  下小林町の題目塔道標 しもこばやし 太田市   石道標 高99㎝,幅53㎝ 元治元(1864)   上州の近世石造物1p268   (正面最下部)「右 ふつと/向 あしかゞ まる山/左 こいづみ」/正面に
「甲子塔」と陰刻
 
写真 世良田町の石橋供養塔 せらだ 太田市 長楽寺三仏堂・蓮池北東 石碑 高125㎝(うち、台石25㎝),幅38㎝,厚37㎝ 寛政4(1792)   WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約 (裏面)「石橋五ケ所」/正面に「奉納、四國西國/坂東秩父、順禮供養」、右面に「(梵字)南無大日如來」、(左面)に「南無馬頭觀世音菩薩」と陰刻 2
写真 亀岡の銅蔵 かめおか 太田市 <銅山街道> 銅蔵(土蔵造切妻屋根瓦葺) 間口5.4m,奥行3.6m 天保14(1843)以前   WEB(鎌倉街道上道)/現地解説板 原位置(個人宅内)/屋根を板葺から瓦葺に変えた以外は良好に保存 足尾銅山の「御銅」を利根川の前島河岸まで継送するため銅山街道に設けられた銅蔵の1つ 2
写真 真言院井戸 しんごんいん 太田市 (世良田町)
世良田東照宮・境内南
石井戸(花崗岩) 87㎝角,高55.5㎝ 鎌倉末期→寛永19(1642) 国史跡 WEB(鎌倉街道上道)/現地解説板 覆屋内/井戸枠は、寛永19家康の命により長楽寺を復興した天海僧正により再設置/井戸内部は中世の乱石積がそのまま残る (枠正面)「閼伽井」/真言密教の灌頂の儀式に使用する閼伽(あか)水を汲むために設けられた/軟岩を円筒形にくり抜いた井戸枠は時々見受けられるが、硬質の花崗岩を四角にくり抜いた井戸枠は例を見ない 1
写真 重殿水源 じゅうどの 太田市 <新田荘> 湧水 10m×23m 鎌倉以前 国史跡 WEB 一部コンクリート護岸化されているが、残りは石垣護岸 一級河川・大川の源流/元亨2年に大館宗氏と岩松政経が重殿水源からの用水を巡って争いを起こした記録が残っており、当時の荘園経営にあたって、「湧水」が重要な存在だったことを伝える重要な遺跡/四角い水源、外壁は石垣

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  広沢町の供養塔道標 ひろさわ 桐生市 (1丁目)善門院 石道標 高86㎝(うち、塔身64㎝),幅49㎝ 寛政元(1789)   上州の近世石造物1p263 移設 (正面最下部?)「東 桐生 西 すし道/北 いせ崎 南 やま道」/頂部に地蔵?○像の陽刻、その下中央に「千体詣供養」と陰刻 2
  黒保根町の如意輪観音像道標 くろほね 桐生市   石道標(舟型) 高178㎝(うち、塔身79)㎝,幅30㎝ 安永3(1774)   黒保根の石造物p109 原位置? (台石正面)「右 沢入/左 山道」/光背中央に如意輪観音の半跏坐像の浮彫、正面最下部に「百/番/供/養」と陰刻/この地域の典型的な百番供養塔の形(道標兼はこの1基のみ) 1
  新里町大久保の千手観音像道標 にいさと、
おおくぼ
桐生市 (中野) 石道標 高73㎝ 文化10(1813)   上州の近世石造物1p283   (正面像下右)「南、にひこう/いせさき/やまかみ」、(同左)「婦かさわ」/正面頂部に千手観音坐像の浮彫り、その下に「百番供養塔」と陰刻  
  境野町の道標 さかいの 桐生市 (中通) 石道標(尖頭角柱) 高105㎝ 嘉永3(1850)   上州の近世石造物1p263   (正面)「丸山 一里半 太田 三里 妻沼 五里 熊谷 八里/根本山江 六里廿丁余 大間々 二里余/左 足利 三里 佐野 六里 館林 六里」  
  滝沢不動の町石
(七十六丁)
たきざわ 桐生市 滝興寺・門前 町石(尖頭角柱) 高113㎝(うち、塔身92)㎝,幅23㎝ 天明8(1788)   上州の近世石造物1p25・282 原位置? 滝沢不動の町石群は、尊盛和尚が瀧興寺と関の磨崖仏から滝沢不動尊までの道沿いに76基のを設置したもの/(正面)「(梵字)七十六町目」「滝沢道」「前住尊盛立之」 1
  滝沢不動の町石
(七十四丁)
たきざわ 桐生市 関の磨崖仏・前 町石(尖頭角柱) 高100㎝,幅25.5
天明8(1788)   上州の近世石造物1p282 原位置? (正面)「(梵字)、滝より是まで/七十四丁廿間」 1
  滝沢不動の町石
(七十五丁)
たきざわ 桐生市 小野里 町石 高60㎝,幅24.5
天明8(1788)?   上州の近世石造物1p282 移設/他のものより背が低い
(埋設 or 折損?)
(正面)「七十五丁」/紀年銘はないが尊盛和尚が76基設置したとされるため同時期 2 -
  滝沢不動の町石
(六十七丁)
たきざわ 桐生市 板橋(蕪木) 町石 高60㎝,幅24 ㎝ 天明8(1788)?   上州の近世石造物1p282 原位置?/他のものより背が低い
(埋設 or 折損?)
(正面)「六十七丁」/同上 1 -
  滝沢不動の町石
(六十六丁)
たきざわ 桐生市 板橋(蕪木) 町石 高60㎝,幅24 ㎝ 天明8(1788)?   上州の近世石造物1p282 原位置?/他のものより背が低い
(埋設 or 折損?)
(正面)「六十六丁」/同上 1 -
  滝沢不動の町石
(六十一丁)
たきざわ 桐生市 板橋北部 町石 高110㎝,幅25 ㎝ 天明8(1788)?   上州の近世石造物1p282 原位置? (正面)「六十一丁」/同上 1
  滝沢不動の町石
(五十九丁)
たきざわ 桐生市 板橋北部 町石 高83㎝,幅25 ㎝ 天明8(1788)?   上州の近世石造物1p282 原位置? (正面)「五十九丁」/同上 1
  滝沢不動の町石
(五十五丁)
たきざわ 桐生市 板橋北部 町石 高85㎝,幅25 ㎝ 天明8(1788)?   上州の近世石造物1p282 原位置? (正面)「五十五丁」/同上 1
  滝沢不動の町石
(五十三丁)
たきざわ 桐生市 板橋北部 町石 高82㎝,幅25 ㎝ 天明8(1788)?   上州の近世石造物1p282 原位置? (正面)「五十三丁」/同上 1
  滝沢不動の町石
(七十丁目)
たきざわ 桐生市 板橋北部 町石 高68㎝,幅25 ㎝ 天明8(1788)?   上州の近世石造物1p282 移設/他のものより背が低い
(埋設 or 折損?)
(正面)「七十丁目」/同上 1
写真 新里町山上の石橋供養塔
(元町橋の供養塔)
にいさと、
やまかみ
桐生市 元町橋 石碑(自然石、安山岩) 高178㎝(うち、台石12㎝),幅98㎝,厚53㎝ 元禄14(1701) 市重文 WEB(鎌倉街道上道)

原位置?

(正面)「斯此石橋全吉様/渡驢渡馬是平常/大來功德幾千万/子子孫孫世世昌」 1
  綾戸の穴道 (綾戸の隧道) あやと 渋川市   素掘トンネル 長17m,高2m,幅2m 弘化3(1846)
→元治元(1864)拡幅
  市教委 国道17号工事の際に破壊→穴道の入口跡が対岸からかろうじて確認できる程度 利根・沼田方面への溝呂木街道と七曲り十八坂越が難所だったため、沼田町の金剛院第26世住職・江舟と周辺の村役人らが綾戸道の切開を計画し11年がかりで完成させた/江戸期の人道用トンネルは稀少 4
写真 横堀一里塚 よこぼり 渋川市 <三国街道> 一里塚(1基) 15m×8m 江戸初期 市史跡 市教委 東塚の欅はオリジナル   2
  赤城町津久田の石尊常夜灯 あかぎ、
つくだ
渋川市 (四区・中島) 石常夜灯(道標兼) 高1.95m 享和2(1802)   上州の近世石造物1p279 原位置? (竿正面)「石尊大權現」、(同右)「大天狗」、(同左)「小天狗」、(○面)
「右 南雲 深山道/左 棚下 沼田道」/石尊(大山阿夫利神社)講中による雨乞い祈願の建立→雨降山(大山阿夫利神社)への道しるべを兼ねていると思われる
1
写真 北牧の地蔵道標
(三国街道の道しるべ)
きたもく 渋川市 <三国街道> 石道標(駒型) 高60㎝,幅40㎝ 明和3(1766) 市史跡 市教委 原位置? (正面像右)「右 江戸道」/正面中央に地蔵立像の陽刻 1
  上白井の道標 かみしろい 渋川市   石道標 高81㎝,幅21.5㎝ 明和6(1769)   上州の近世石造物1p288   (正面)「従是 子持山江 十七町」、(同最下部)「右 空惠寺/左 子持山」  
  上白井の道祖神像道標 かみしろい 渋川市 諏訪神社 石道標
(駒型、安山岩)
高71㎝(うち、塔身51㎝),幅38㎝ 安永2(1773)   上州の近世石造物1p170 移設 (正面左上)「右 長峰道」/正面右下?に双体道祖神像(抱肩・握手)を陽刻 2
  赤城町棚下の道標 あかぎ、
たなした
渋川市 (中ノ原・寄居) 石道標 高236㎝(うち、塔身208)㎝,幅36㎝ 安永4(1775)   上州の近世石造物1p279 原位置? (正面)「右 た奈した ふどうそん道」 1
  小野子の道祖神道標 おのこ 渋川市 七社橋 石道標(自然石) 高100㎝,幅60㎝ 寛政9(1797)   上州の近世石造物1p171   (正面左下)「宮北之谷道」/正面に「道祖神」と陰刻  
  横堀の馬頭観音道標 よこぼり 渋川市 (寄島) 石道標 高114㎝ 文化2(1805)   上州の近世石造物1p288   (正面最下部?)「右 向井/左 双林寺、道」/正面に「馬頭觀世音菩薩」と陰刻  
  小野子の道標 おのこ 渋川市 (田ノ入) 石道標 高80㎝,幅32㎝ 文化2(1805)   上州の近世石造物1p288   (正面)「右 邑入口道/左 中之条道」  
  赤城町敷島の道標 あかぎ 渋川市 (馬立) 石道標 高128(うち、塔身75)㎝,幅29.5㎝ 文化9(1812)   上州の近世石造物1p279 原位置? (正面)「右 みぞろき道/左 赤城山道」 1
写真 八木原の道標 やぎはら 渋川市 <佐渡奉行街道> 石道標
(自然石、安山岩)
高140m(うち、塔身130㎝),幅75㎝ 天保4(1833) 市史跡 市教委 近接移設? (正面上段)「右 高崎江 四里/左 江戸江 三十里」、(正面下段)「従當所諸方凡道法/榛名山江 五里/一之宮江 八里/妙義山江 九里/日光山江 二十三里/善光寺江 三十三里/伊勢太神宮江 一百十里/京都江 一百十一里半/大坂江 一百二十四里半/讃州金毘羅江 一百七十五里半」/下段に右から順に近場から遠方への距離を示す 1
  北橘町分郷八崎の道祖神道標 きたつき、ぶんごうはっさき 渋川市 八幡宮 石道標 高210㎝(うち、塔身90㎝),幅34㎝ 天保10(1839)   上州の近世石造物1p138 移設 (台石正面)「左 前橋/右 白井」/正面に「道祖神」と陰刻 2
  吹屋の地蔵道標 ふきや 渋川市 玄棟院 石道標 高176㎝(うち、塔身95㎝),幅53㎝ 嘉永元(1848)   上州の近世石造物1p288 移設 (正面右?)「右 三國道」、(同左?)「左 吾妻道」/正面に地蔵○像を陽刻(詳細不明) 2
写真 白井町の道標 しろい 渋川市   石道標 高170㎝,38㎝角 嘉永2(1849) 市史跡 市教委/上州の近世石造物1p288   (正面)「日光/江戸、道」、(同下部?)「ぬまた道」、(○面)「ゑちご/くさ津、道」  
  吹屋の道標
(松原の道しるべ)
ふきや 渋川市 白井城跡へ向かう四ツ角・北側 石道標(尖頭角柱) 高90.5㎝(塔身のみ),幅30㎝ 嘉永3(1850) 市史跡 市教委 C基壇上→移設 (正面)「左、ゑちこ/あ可つま、道」(=吾妻)、(右面)「右、ぬまた/双林寺、道」、(左面)「右、まいばし/おほご、道」 2
写真 中郷の道標
(長坂の道しるべ)
なかごう 渋川市 国道17号沿い
<沼田道・真田道>
石道標(自然石) 高64㎝(塔身のみ),幅92㎝,厚60㎝ 慶応元(1865)頃 市史跡 市教委 原位置? (正面)「牧者もく 白衣ははしろゐ 宇つ里かはれる俚言いかゝはせん 志くるゝや左ハ白井右ハもく 幻亜」 1
写真 赤城町持柏木の道標
(庚申塚の道しるべ)
あかぎ、
もちかしわぎ
渋川市 <沼田街道> 石道標
(磁石型、安山岩)
径60㎝,高16㎝ 江戸末期 市重文 市教委/
現地解説板/
上州の近世石造物1p279
付近の道路中央に埋め込まれていたが、現在は傍の庚申塚の上に移設 (上面中央)「心」、(その四周右回りに)「東/南/西/北」、(さらにその周囲右回りに)「赤城 三里半/日光 十八里余/前橋 三里半/高崎 六里余/榛名 六里/沼田 五里半」/円形の外縁に沿って、右回りに狩野花交の道歌「よつの方 むつのちまたに わかるれど こころしづかに たづねてぞゆけ」が刻字/群馬県特有の磁石型の道標 2

  天狗岩用水 てんぐいわ 渋川市・前橋市 利根川 用水路 長約25㎞ 慶長9(1604)   前橋市教委 C改修/大規模な修復(流路変更、護岸工事)   4  
  小野池 おの 渋川市   溜池 52m×87m 天保年間(1830-44)   市教委 小野池あじさい公園として整備 渋川村名主・小野沢平左衛門が灌漑のため村民にはかり構築したと伝えられる/小野池の呼称は小野沢平左衛門に由来 2 -
  榛名山東麓の猪土手

はるな

渋川市   猪垣(土手)   江戸期?   市教委 榛名東麓の開発が進み大部分は消失/10ヶ所ほどが点在 幅約2mの深い溝を掘り、その土を耕作地側に盛り上げて土手を築いたとされる/丸太の柵や石塁を用いた区間もある 4
写真 小室の郷蔵 こむろ 渋川市   郷倉(土蔵) 桁行5.4m,
梁間3.6m
江戸前半期? 市史跡 市教委 平成16再建 県下で6棟が現存 3
写真 伊香保温泉の石階段 いかほ 渋川市 伊香保温泉
(伊香保神社~関所)
石階段 約360段(現在) 天正4(1576)   WEB 全面的に御影石を用いて修景・整備 天正3の長篠の戦いで敗れた武田勝頼が真田氏に命じて造らせたとされる 3
写真 藤塚一里塚 ふじつか 高崎市 <中山道> 一里塚(1基)   慶長9(1604) 県史跡 市教委/WEB 南塚は整備/北塚は道路拡幅に伴い移動し、その上に浅間神社が建っている/南塚の榎はオリジナルの可能性 角が丸い正方形状の塚/周囲下部は石垣 2
  倉渕町水沼の常夜灯 くらぶち、
みずぬま
高崎市 地蔵峠 石常夜灯(道標兼) 高1.68m 文化9(1812)   上州の近世石造物1p286   「右 三ノ倉/左 大戸、道」  
写真 倉賀野町の常夜灯1 くらがの 高崎市 閻魔堂・西<中山道
・日光例弊使街道>
石常夜灯(道標兼) 高3.73m 文化11(1814) 市史跡 WEB/上州の近世石造物1p261 原位置 (竿正面)「日光道」、(竿右面)「中山道」/中山道と例幣使街道の分岐点/下記の「倉賀野町の道標」と並ぶ/上野国那波郡五料の高橋光賢が若い頃の生活を反省し私財で建立/不足分を312名の寄進によりまかなう(相撲関係者38名を含む) 1
写真 榛名湖町の常夜灯
(天神峠の石燈籠)
はるなこ 高崎市 <天神峠> 石常夜灯 高7m余 文化12(1815) 市有形民俗 榛名歴史民俗資料館/WEB 昭和57移設 (竿正面)「榛名山之神湖」、(竿右面)「おく山の いわがき沼の 水こもり に 恋やわたらむ あふよしをなみ」、(竿左面)「たつのいる 石垣ぬまの 菖蒲草 ちぎりてひかむ 君が為めにも」/榛名湖を望む天神峠の頂上に江戸本所の豪商・塩原太助が寄進した大灯籠/竿石は角柱/2段になった石基壇 2
写真 大八木町の元・金毘羅常夜灯(見通し灯籠) おおやぎ 高崎市 大木諏訪神社・参道入口
<神流川(新町側)>
石常夜灯(渡し場) 高約3m(基壇除外) 文化12(1815)   WEB 移設/高い石基壇は移設時の追加/火袋後補/昭和53に原位置の高崎市新町にも常夜灯を再現 (台石正面)「金/毘/羅/大/權/現」→竿右面の紀年銘と「金毘羅大權現」の文字は移設時に削り取られた(廃物同然になっていたものを明治24に買い取られたため)/神流川の新町宿の渡し場両岸に置かれていた常夜灯/装飾的な猫脚/対岸の1基は埼玉県上里町に移設・現存 3
写真 下里見町の常夜灯 しもさとみ 高崎市   石常夜灯 高約3.35m 天保10(1839)   WEB(鎌倉街道上道) 原位置?/猫脚下部更新(オリジナルの“猿”は1体のみ残る)/火袋後補 (竿正面)「榛名山」/猫脚(4本の脚の下部を丸彫りの猿が支える特異な構造)→それでは強度不足のため中央に心柱が設けられているが、そこにも猿(?)が支える浮彫り/石基壇あり 2
  倉賀野町の常夜灯2 くらがの 高崎市 倉賀野神社<中山道> 石常夜灯   文久3(1863)     移設   2  
写真 白岩町の道標
(白岩の道しるべ)
しらいわ 高崎市   石道標(尖頭角柱) 高41㎝,幅16㎝,厚15㎝ 元禄5(1692) 市有形民俗 榛名歴史民俗資料館/WEB(鎌倉街道上道) 原位置?/下部埋設(現地解説板には高50㎝と明記)/刻字判読困難 (正面)「従是、右者 みつさわ/左者 はるな、道」/榛名参道、白岩水沢観音順礼道を示す交通資料/17世紀の道標 3
  倉渕町水沼の道標
(地蔵峠道・元禄の道しるべ)
くらぶち、
みずぬま
高崎市 群馬町中央公民館
<榛名参詣道>
石道標(尖頭角柱)   元禄5(1692) 市史跡   移設 (正面)「みぎは 山みち/ひだりは まついだ」/17世紀の道標 2
写真 下里見の道標 しもさとみ 高崎市 峠の梨園北十字路 石道標(自然石) 高81㎝(塔身のみ),幅52㎝,厚33
元禄6(1693) 市有形民俗 榛名歴史民俗資料館/WEB(鎌倉街道上道) 移設/台石は後付けの可能性 (正面)「右ハ 志らいわ/左 くさ津、道」/最初に彫られた下段の文字が見えにくくなったため追刻されたとあるが、「みち」が2ヶ所確認できるのみ→どちらが古いかは資料により異なるが、現在確認できる刻字の方が新しいとするのが妥当であろう〔現地解説板とは逆〕/17世紀の道標 2
  棟高町の道標
(三国街道道標)
むなだか 高崎市 高崎市市民活動センター
<三国道>
石道標 高43㎝ 元禄7(1694) 市重文   移設 (正面)「向北ハ 志ふかわ道」、(右面)「右 いたはな道」、(左面)「左 たかさき道」/17世紀の道標 2
  下之城町の供養塔道標 しものじょう 高崎市 如意寺 石道標
(自然石、安山岩)
高81㎝,幅46㎝,厚34㎝ 宝永7(1710)   新編高崎市史p214・215 移設/下部埋没 (正面右)「右ハ 志らいわ 水沢道」、(正面左)「左ハ 神山 室田道」/正面中央に「(梵字3)奉供養寒念佛」と陰刻 2
  あら町の庚申塔道標   高崎市 新町諏訪神社 石道標(笠付き) 高103㎝(うち、塔身85㎝),幅26㎝ 正徳2(1712) <新町重文> 上州の近世石造物1p289 移設 (正面右)「本ふじの木」、(同左)「ゑちごかい道」、(右面)「従是右 本庄道」、(左面)「これより左 かしかい道」/正面を火灯窓型に浅く削り込み
「奉建立庚申供養」と陰刻
2
  中室田町の聖観音像道標 なかむろだ 高崎市 江戸村・県道端 石道標(自然石) 高117㎝,幅47㎝ 享保元(1716) <榛名町指定> 上州の近世石造物1p25・284 移設?/中央で折損→修復(置いてあるだけ?) (正面下部)「右 村みち/左 大さゝ 十四り/善光寺 廿六り/くさ津 十四り/はるな 二り廿八丁」/正面上部を光背型に削り込み聖観音立像を陽刻 2
  中豊岡町の道標 なかとよおか 高崎市   石道標
(自然石、安山岩)
高67㎝,幅28㎝,厚24㎝ 享保3(1718)   新編高崎市史p602・603   (正面)「右、室田/はるな/神山/三之くら、道」、(右面)「いち宮 い多鼻」、(左面)「向 右 野道/前 中仙道/後 下台/左 中仙道」/中山道の表記が「仙」でなく「山」と確定するのが享保元(1716)→直後なので
「仙」を使用した?
 
写真 沖町の題目塔道標 おき 高崎市 観音堂・墓地内 石道標
(自然石、安山岩)
高180㎝(塔身のみ),幅68㎝,厚45㎝ 享保9(1724)   新編高崎市史p196・197/WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約/台石は後付けの可能性 (正面右)「右 みずさハみち」、(正面左)「左 志らい王みち 中ハ 村道」/正面中央に「南無阿弥陀佛」と陰刻 3
  中室田町の供養塔道標1 なかむろだ 高崎市 江戸村・県道端 石道標 高50㎝,幅43㎝ 享保20(1735) <榛名町指定> 上州の近世石造物1p284 移設? (正面下部右)「右、やまみち/はるな」、(同左)「左 くさ津」、(同最下部)「道」/正面上部に「念佛供養」と陰刻 2 -
  井出町の道祖神像道標 いで 高崎市 秋葉社 石道標 高85㎝(うち、塔身55㎝),幅37㎝ 延享4(1747)   上州の近世石造物1p168   (正面下部)「右 かねこ/左 いかほ」/正面上部に双体道祖神像を陽刻  
  寺尾町の道祖神道標 てらお 高崎市   石道標
(自然石、安山岩)
高90㎝,幅68㎝,厚33㎝ 寛延3(1750)   新編高崎市史p314   (裏面)「従之、右 よ志い道/左 ふぢおか」/正面に「道祖神」と陰刻  
  石原町の道祖神道標 いしはら 高崎市   石道標
(自然石、安山岩)
高100㎝,幅83㎝,厚26㎝ 宝歴2(1752)   新編高崎市史p314・315 基壇Cの混石 (正面下部)「右 たて/あと(=後) きよみつ/左 たかさき」/正面に「道祖神」と陰刻 2
  中室田町の地蔵道標 なかむろだ 高崎市 不動堂・前 石道標 高120㎝(うち、塔身75㎝),幅30㎝ 宝暦3(1753)   上州の近世石造物1p284 移設? (台石正面?)「右 はるな/左 三のくら道」/正面に地蔵像(詳細不明) 2
  中室田町の供養塔道標2 なかむろだ 高崎市 大和田堂 石道標 高70㎝,幅30㎝ 宝暦3(1753)   上州の近世石造物1p284 移設 (正面右)「右、室田/はるな」、(同左)「左 くさつ」/正面中央に「念佛供養塔」と陰刻 2 -
  中里見町の供養塔道標 なかさとみ 高崎市 十王堂・三叉路 石道標 高96㎝(うち、塔身36㎝),幅30㎝ 宝暦9(1759)   上州の近世石造物1p285 原位置?/上部観音像欠損 (正面右)「右 はるな道」、(同左)「左 くさ津道」/正面中央に「秩父、西國、坂東、供養塔」と陰刻 1
  日高町の道祖神像道標 ひだか 高崎市 諏訪神社 石道標
(駒型、安山岩)
高67㎝,幅42㎝,厚28㎝ 宝歴10(1760)   新編高崎市史p318・319 移設 (正面右枠中央)「…」、(同左枠中央)「まいばし」/正面を枠だけ残して削り込み、双体道祖神(握手)を陽刻 2
  下豊岡町の道祖神道標 しもとよおか 高崎市   石道標
(自然石、安山岩)
高78㎝,幅38㎝,厚23㎝ 宝歴11(1761)   新編高崎市史p318・319   (右面)「南 清水」/正面に「道陸神」と陰刻   -
  下小塙町の馬頭観音像道標 しもこばな 高崎市   石道標
(自然石、安山岩)
高72㎝,幅44㎝,厚40㎝ 宝歴12(1762)   新編高崎市史p62・63 下部埋没 (右面最下部)「右ハ ち加道…」、(左面上部)「左 志…」/正面を光背型に削り込み、馬頭観音立像(一面二臂)を陽刻 3
  倉渕町三ノ倉の供養塔道標 くらぶち、
さんのくら
高崎市 暖井・福蔵院跡 石道標 高80㎝,幅40㎝ 宝歴12(1762)   上州の近世石造物1p286 移設? (正面右)「是より右ハ はるな道」、(同左)「左 くさつ道」/正面に「(梵字)四十八日念佛供養」と陰刻 2
写真 上里見町の地蔵道標
(本庄辻の地蔵尊)
かみさとみ 高崎市 本庄辻 石道標(丸彫) 高184㎝(うち、台石3段46+22+45㎝),幅45㎝,厚35
宝歴12(1762)   上州の近世石造物1p285/榛名町指定民俗資料/WEB
(鎌倉街道上道)
原位置?/放置 (台石正面)「右 めうぎ道」、(台石右面)「左 者るな道」、(台石左面)「左 高崎道」/台石上に地蔵坐像(蓮台)の丸彫を載せる/下記の「上里見町の供養塔道標」と同所 1
  下佐野町の道祖神道標 しもさの 高崎市 放光神社・南 石道標
(自然石、安山岩)
高148㎝(うち、塔身76㎝),
幅50㎝,厚28㎝
明和元(1764)?   新編高崎市史p320/上州の近世石造物1p83   (台石正面右)「右、ふじ岡/ちゝぶ、道」、(同左)左ハ の道」/正面に
「道祖神」と陰刻/建立年は「□□元甲申天十月吉日」とあり、第一選択肢は明和元だが、宝永元(1704)の可能性もある
 
  箕郷町中野の地蔵道標 みさと、
なかの
高崎市 地蔵峠・入口 石道標 高77㎝,幅66㎝ 明和3(1766)   上州の近世石造物1p286   (正面右)「右 やまみち」、(左面)「左 はるなみち」/正面中央に地蔵○像を陽刻(詳細不明)  
  箕郷町東明屋の供養塔道標 みさと、
ひがしあきや
高崎市 竜門寺 石道標(尖頭角柱) 高76㎝,幅32㎝ 明和4(1767)   上州の近世石造物1p26・286 移設 (○面)「右 志ぶかハ 水沢 以可ほ/左 楚う満 者んな、道」/正面に
「光明眞言供養塔」と陰刻
2 -
  根小屋町の道祖神道標 ねごや 高崎市 (東部) 石道標
(自然石、安山岩)
高161㎝(うち、塔身50㎝),
幅120㎝,厚70㎝
明和5(1768)   新編高崎市史p322・323/上州の近世石造物1p262 原位置? (右面)「右 高崎/左 清水」/正面に「道祖神」と陰刻 1
  我峰町の道祖神道標 わがみね 高崎市 (前川原)旧道堤防下 石道標
(自然石、安山岩)
高81㎝,幅70㎝,厚42㎝ 明和5(1768)   新編高崎市史p322/上州の近世石造物1p79・263   (正面左下)「左、む路多/志ろいわ」 /正面に「道祖神」と陰刻  
  島野町の馬頭観音像道標 しまの 高崎市 相円寺 石道標
(舟型、安山岩)
高54㎝,幅29㎝,厚18㎝ 明和6(1769)   新編高崎市史p64 移設/一部欠損 (光背右端)「右ハ 大道 左ハ 山道」(=大沼)/光背中央に馬頭観音立像を陽刻 2
  上並榎町の道祖神道標 かみなみえ 高崎市 (長野堰)遊歩道際 石道標
(自然石、安山岩)
高150㎝,幅90㎝,厚70㎝ 明和8(1771)   新編高崎市史p324・325/上州の近世石造物1p263 原位置? (正面下部左隅)「左、志らいわ/はるな」/正面に「道陸神」と陰刻 1
  吉井町多比良の馬頭観音道標 よしい、たいら 高崎市   石道標 高70㎝ 明和9(1772)   上州の近世石造物1p290   (右面?)「右 ちちぶ道/西 吉井道」、(左面?)「左 ひらい道/東 秩父道」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻   -
  浜川町の馬頭観音道標 はまがわ 高崎市 長学寺 石道標(尖頭角柱、安山岩) 高63㎝,27㎝角 安永4(1775)   新編高崎市史p64/上州の近世石造物1p79・262 移設、集約 (右面左下)「右 水さわ道」、(左面右下)「左 白いわ」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 3 -
  若田町の道祖神道標 わかた 高崎市 若田八幡宮 石道標
(自然石、安山岩)
高110㎝,幅74㎝,厚36㎝ 安永6(1777)   新編高崎市史p328・329/上州の近世石造物1p262 移設(基盤Cと混石) (右面)「従、京 百七里/江戸 二十八里/三国峠 二十里」/正面に「道祖神」を陰刻 2
  筑縄町の馬頭観音像道標 つくなわ 高崎市   石道標
(舟型、安山岩)
高53㎝,幅32㎝,厚14㎝ 安永8(1779)   新編高崎市史p66 一部欠損 (光背左端)「右ハ 村道/左ハ たかさき道」/光背中央に馬頭観音立像を陽刻 2
  倉渕町三ノ倉の聖観音像道標 くらぶち、
さんのくら
高崎市 (明神) 石道標 高135㎝(うち、塔身65㎝),幅38㎝ 安永9(1780)   上州の近世石造物1p286   (正面左?)「右 はるな道」/正面中央に聖観音○像の陽刻(詳細不明)  
  上豊岡町の庚申塔道標 かみとよおか 高崎市   石道標
(自然石、安山岩)
高104㎝,幅34㎝,厚27㎝ 寛政元(1789)   新編高崎市史p432   (台石)「右 きよみず」/正面に「庚申塔」と陰刻  
  乗附町の供養塔道標 のつけ 高崎市 (下乗附・裏谷津) 石道標 高90㎝ 寛政元(1789)   上州の近世石造物1p261   (正面左下)「右 一ノ宮道」/正面中央に「百番觀世音供養」と陰刻  
  箕郷町上芝の供養塔道標 みさと、
かみしば
高崎市   石道標 高120㎝(うち、塔身86.5㎝) 寛政5(1793)   上州の近世石造物1p287   (正面右下?)「右 白岩」/正面に「奉順禮秩父坂東西國四國供養塔」と陰刻  
  十文字町の庚申塔道標 じゅうもんじ 高崎市 三叉路 石道標 高130㎝(うち、塔身100㎝),幅42㎝ 寛政9(1797)   上州の近世石造物1p285 原位置? (正面下部)「右 みのわ/左 はるな、道」/正面に「庚申碑」と陰刻 1
  箕郷町矢原の馬頭観音像道標 みさと、やばら 高崎市 (卜神) 石道標 高58㎝,幅27㎝ 寛政9(1797)   上州の近世石造物1p287   (右面?)「是より、右 志ふかわ/左 はるな」/正面に馬頭観音坐像(三面六臂)の陽刻  
  上中居町の馬頭観音像道標 かみなかい 高崎市 高崎駅東口通り 石道標   寛政11(1799)   上州の近世石造物1p261   (右面右)「北 はらミち」、(同左)「東 はとうや道」、(左面右)「南 はら道」/正面中央に馬頭観音立像(三面六臂)の陽刻、その下に「奉造立供養馬頭觀世音」と陰刻/右面中央に「(梵字)禮奉讀誦普門品供養塔」、左面中央に「(梵字)禮奉順禮秩父丗四箇所供養塔」と陰刻  
  金古町の庚申塔道標 かねこ 高崎市 (上組西) 石道標 高250㎝(うち、塔身159㎝),幅80㎝ 寛政12(1800)   上州の近世石造物1p287   (台石正面?)「右 ミつさわ/左 しらいわ」/正面に「庚申塔」と陰刻  
  箕郷町金敷平の馬頭観音道標 みさと、かなしきだいら 高崎市 大山祇神社 石道標 高136㎝(うち、塔身107㎝),幅66㎝ 寛政12(1800)   上州の近世石造物1p286 移設 (正面右?)「右 はるな」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 2
写真 白岩町の庚申塔道標 しらいわ 高崎市 長谷寺 石道標(自然石) 高90㎝(塔身のみ),幅49㎝,厚29㎝ 寛政12(1800)   上州の近世石造物1p285/WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約/台石は後付けの可能性 (右面下部)「右 者る奈/左 高さき、道」/正面中央に「庚申塔」と陰刻 2
  島野町の庚申塔道標 しまの 高崎市 能庵寺・厄除観音 石道標
(自然石、安山岩)
高84㎝,幅47㎝,厚26㎝ 寛政12(1800)   新編高崎市史p444/上州の近世石造物1p263 移設 (右面)「右、そう志や/たかさき」、(左面)「左、いわはな/くらがの」/正面に「庚申塔」と陰刻 2
  町屋町の道標 まちや 高崎市   石道標(自然石) 高60㎝ 寛政12(1800)   上州の近世石造物1p262 原位置? (正面)「左 いたはな」 1 -
写真 大八木町の道祖神道標 おおやぎ 高崎市 交差点 石道標
(自然石、安山岩)
高約200㎝(うち、台石25㎝),幅85㎝,厚20㎝ 享和元(1801)    新編高崎市史p334
-335/WEB(鎌倉街道上道)
原位置?/台石下部埋設 (台石正面)「右、玉村/いせ…」/正面に「道祖神」と陰刻 2
写真 中室田町の聖観音像道標
(江戸村の道標)
なかむろだ 高崎市   石道標 高117㎝,幅47㎝ 享和元(1801) 市重文 市教委 中央で折損→上半分復元 (正面像下右)「右 村みち/左 大さゝ 十四り/善光寺 廿六り/くさ津 十四り/はるな 二り十八丁」/正面頂部を光背型に削り込み聖観音立像(蓮の花)を陽刻 3
  金古町の題目塔道標 かねこ 高崎市 (愛宕) 石道標 高111㎝,幅36㎝ 文化3(1806)   上州の近世石造物1p287   (正面最下部右)「右 水沢」、(同左)「左 しらいは」/正面中央に「天下泰平日月清明奉納大乘妙典日本開國」と陰刻  
  榛名山町の題目塔道標 はるなさん 高崎市 榛名神社参道・万年泉前 石道標 高130㎝,幅35㎝ 文化5(1808)   上州の近世石造物1p284 玉垣親柱 「是より いかほ江 二里半」「右 みたら志 是より十八丁 水沢江 三里半」「左、妙義江 七里/高崎江 六里」/正面に「奉納…(略)…」と陰刻 3
  上大島町の道標 かみおおしま 高崎市 (北原) 石道標(自然石) 高54.5㎝,幅30㎝ 文化5(1808)   上州の近世石造物1p285   (正面)「右 白岩 一り/左 はるな 四り」   -
写真 下小鳥町の道標
(三国街道みちしるべ)
しもことり 高崎市 五叉路<三国道> 石道標(安山岩) 高203㎝(うち、台石15㎝),幅25㎝,厚21㎝ 文化7(1810) 市史跡 市教委/WEB(鎌倉街道上道) 移設 (正面頂部)「右 越後」、(正面その下)「ぬまた さはたり/いかほ 志ま/久さつ か王らゆ」、(正面最下部)「道」、(左面下部)「左 者る奈道」 2
写真 高浜町の道標
(高浜六本辻の道標)
たかはま 高崎市 (六本辻)六差路 石道標(磁石型) 70㎝×80㎝,
高40㎝
文化10(1813) 市有形民俗 榛名歴史民俗資料館 原位置/昭和41発見 (中心から放射状:右回り)「志らい王/のみち/高さき/や者多道/むろ田/者る奈」/群馬県特有の磁石型の道標/磁石型で建立年が銘記されている県下最古の道標 1
写真 倉賀野町の道標 くらがの 高崎市 閻魔堂・西<中山道
・日光例弊使街道>
石道標(尖頭角柱) 高170㎝,幅34㎝,厚34㎝ 文化10(1813) 市史跡 市教委/上州の近世石造物1p262/WEB(鎌倉街道上道) 原位置? (正面)「從是、右 江戸道/左 日光道」/裏面に「南無阿彌陀佛」と陰刻されているが、こちらが主体ではないため「題目塔道標」とはしなかった/中山道と例幣使街道の分岐点/上記の「倉賀野町の常夜灯1」と並ぶ 1
  下室田町の馬頭観音像道標 しもむろだ 高崎市 宮沢道・辻 石道標 高90㎝(うち、塔身40㎝),幅30㎝ 文政2(1819)   上州の近世石造物1p284 原位置? (台石正面?)「右 志ら岩」/正面に馬頭観音像(詳細不明) 1
  上佐野町の馬頭観音道標 かみさの 高崎市 <草津街道> 石道標
(自然石、安山岩)
高120㎝,幅78㎝,厚22㎝ 文政3(1820)   新編高崎市史p80/上州の近世石造物1p262 原位置? (台石正面)「上佐/野」、(台石右面)「右、やまな/ふぢをか/ちゝぶ、道」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 1
  和田多中町の馬頭観音道標 わだたなか 高崎市 琴比羅神社・東 石道標
(自然石、安山岩)
高110㎝,幅100㎝,厚23㎝ 文政7(1824)   新編高崎市史p82/上州の近世石造物1p261 下部埋没 (台石正面)「左/婦/ぢ/おか/ちゝ/ぶミ/ち」(=藤岡)、(台石右面)「右/高崎」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 2
  箕郷町柏木沢の馬頭観音道標 みさと、
かしわぎざわ
高崎市   石道標 高69.5㎝,幅30㎝ 天保5(1834)   上州の近世石造物1p287   (正面右)「いたはな道」、(同左)「たかさ起道」/正面中央に「馬頭觀世音」と陰刻   -
  井出町の馬頭観音道標 いで 高崎市 大円寺 石道標 高125㎝,幅57㎝ 天保6(1835)   上州の近世石造物1p287 移設 (台石正面?)「東 国分寺 一里/西 白岩 一里半/高崎一里半/北 水沢 三里」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 2
写真 東中里町の如意輪観音像道標 ひがしなかさと 高崎市 火雷若御子神社 石道標(安山岩) 高110㎝(うち、台石2段33㎝),幅28.5㎝,厚22.5㎝ 天保9(1838)   新編高崎市史p369
/WEB(鎌倉街道上道)
移設 (台石右面右)「西/くらがの」、(同左)「北/まい者し」/正面を枠だけ残して削り込み、如意輪観音の半跏坐像(蓮台、三猿?)を陽刻、その下に蓮台(丸彫)を置く 2
  杖ノ神峠の聖観音像道標 つえのかみ 高崎市   石道標 高130㎝(うち、塔身100㎝),幅60㎝ 天保14(1843)   上州の近世石造物1p284   「二王門 二十八丁」/正面に聖観音像(詳細不明)  
  箕郷町東明屋の題目塔道標 みさと、
ひがしあきや
高崎市 石上寺 石道標 高60㎝,幅27㎝ 嘉永3(1850)   上州の近世石造物1p286 移設 (正面右)「右 相馬山 ガラメキ」、(左面)「左 はるな まつの沢」/正面中央に「白衣觀世音菩薩」と陰刻 2 -
写真 上里見町の供養塔道標 かみさとみ 高崎市 本庄辻 石道標 高190㎝(うち、台石48㎝),30㎝角 嘉永4(1851)   上州の近世石造物1p285/WEB(鎌倉街道上道) 原位置? (右面)「右 妙儀道、峠中/右左、野道」〔「右左」の意味不明〕/正面に「奉納百番供養塔」と陰刻/上記の「上里見町の地蔵道標」と同所 1
写真 浜尻町の如意輪観音像道標 はまじり 高崎市 諏訪神社・入口角 石道標(尖頭角柱、安山岩) 高268㎝(台石2段29+26㎝、基壇75㎝),幅33.5㎝,厚31㎝ 嘉永7(1854)   新編高崎市史p373
/上州の近世石造物1p262/WEB(鎌倉街道上道)
移設 (下段台石正面右)「右ハ 惣社道」、(同左)「左ハ 金子道」/正面を火灯窓型と光背型の2重に削り込み、如意輪観音の半跏坐像(光輪、蓮台)を陽刻、その下に蓮台と敷茄子と猫脚(ここまでが塔身)、さらにその下に上下二段の台石、石基壇と続く→道標としては異例な構成 2
写真 上里見町の道標 かみさとみ 高崎市 上里見二区公民館の東分岐(旧三叉路) 石道標(尖頭角柱) 高138㎝,幅31㎝,厚27㎝ 元治元(1864)   上州の近世石造物1p285/WEB(鎌倉街道上道) 移設(左面が旧道から見て裏側になっている) (正面)「左 草津道」、(左面)「従是、三ノ倉江 二里/大戸江 六里」 2
  東貝沢町の道標 ひがしかいざわ 高崎市   石道標
(自然石、安山岩)
高67㎝,幅30㎝,厚28㎝ 元治元(1864)   新編高崎市史p602 下部C舗装 (正面)「穂祖位飯成社入口」、(左面)「高崎城下迄 廿五丁」 2 -
写真 下豊岡町の道標 しもとよおか 高崎市 八坂神社・前 石道標(尖頭角柱、安山岩) 高198㎝,幅34㎝,厚36㎝ 江戸期 市重文 WEB/市教委 2度の移設後、元の位置に戻す (正面)「草津温泉」、(正面右上)「榛名山」、(正面最下部)「かわな可/か王らゆ/者とのゆ、温泉」/(右面)「従是、神山 三里/三ノ倉 五り半/大戸 九り半」、(左面)「左 中山道、安中/松井田/横川」/江戸期から温泉が盛んであったことを示す貴重な温泉遺産 1
  萩原町の道標 はぎわら 高崎市 利根川 石道標 高77㎝,幅47㎝ 江戸期   上州の近世石造物1p263   (正面)「これよりみき ちゝぶみち/これよりひだり 江戸みち」/「江戸」の標記は江戸期   -
  西横手町の道標 にしよこて 高崎市 利根川渕<駒形道> 石道標 高76㎝,幅34㎝ 江戸期   上州の近世石造物1p263 移設 (正面)「これよりみき ちゝぶち/これよりひたり 江戸みち」/「江戸」の標記は江戸期/洪水などで不明確になった村の境界を測り出すための基準 2 -
写真 倉賀野町の橋供養塔 くらがの 高崎市 九品寺 石碑(自然石) 高約270㎝(うち、台石2段68㎝),幅約130㎝,厚35㎝ 文化4(1807)   WEB(鎌倉街道上道) 移設/台石と塔身をコンクリート台で固定 (裏面)「百萬遍/橋供養、講中」/正面に「南無阿弥陀佛」と陰刻/自然石2個を巧みに組み合わせた台石がユニーク 3
写真 若松町の石橋供養塔 わかまつ 高崎市 竜広寺 石碑(隅丸型) 高150㎝(うち、台石30㎝),幅36㎝,厚29.5㎝ 天保14(1843)   WEB(鎌倉街道上道) 移設 (正面)「石橋供養塔」/裏面に由来が一面に刻字 2
写真 白岩町の敷石供養塔 しらいわ 高崎市 長谷寺・墓地 石碑(尖頭角柱) 高146㎝(塔身のみ),幅34㎝,厚33㎝ 元禄6(1693)   WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約/台石は後付けの可能性 (正面)「(梵字)奉寄進敷石心願所」/17世紀の敷石供養塔 3
写真 本郷の境石 ほんごう 高崎市 (寺内) 境石(測量の基点)(自然石) 刻字部分の大きさ: 縦48㎝×幅90
天保10(1839) 市有形民俗 榛名歴史民俗資料館/現地解説板 原位置 (正面)「古画圖面曰/町屋村境従/二十七番此/大石江子三/度四十五間」/大水の度に川の流れが変わり村境が不明確になることが多かった→烏川沿いの小高い丘岸にある大きな自然石に方位、距離、測点番号を刻み、本郷と対岸の町屋村との境界を測量する時の基点としたもの→「二十七番」とあるため、27個以上の測点が設けられていた 1
  長野堰用水 ながの 高崎市 烏川 用水路         C改修   4  
  千塚の判官塚 ちずか 館林市   一里塚(1基)?   江戸期 or それ以前 市史跡 市教委   一里塚と考えられているが、源義経(九郎判官)が奥州に落ちる時に休んだ所という伝承もあり(判官塚の名前の由来)、古墳の可能性もあり、調査されていないため不明 3
  堀工町の題目塔道標 ほりく 館林市 茂林寺 石道標 高70㎝(うち、塔身36㎝),幅47㎝,厚37㎝ 享保9(1724)   市教委(館林市史4p496) 移設 (台石正面左端)「南 いたくら 一り」、(台石右面)「左 ふじおか 一り」、
(台石左面)「右 たてばやし 二り」/正面に「奉納御宝前」と陰刻
2 -
  松原の題目塔道標 まつばら 館林市 (1丁目) 石道標(尖頭角柱) 高59㎝,幅21.5㎝,厚12.5㎝ 享保20(1735)   市教委(館林市史4p496) 移設、集約 (正面最下部左端)「左り/花山道」/正面中央に「奉建立地蔵尊」と陰刻 2 -
  成島町の道標 なるしま 館林市 第二資料館 石道標(尖頭角柱) 高118㎝,幅37㎝,厚21.5㎝ 寛延元(1748)   市教委(館林市史4p499) 移設 (正面)「右 こいつみ 於しま/左 あかい王 ふつと、道」 2
  羽附旭町の供養塔道標 はねつくあさひ 館林市 (下新田) 石道標 高84㎝,幅25㎝,厚15㎝ 明和3(1766)   市教委(館林市史4p493) 移設? (正面最下部左)「北 こ加みち」、(右面)「西 たてばやしみち」、(左面)
「東 いゝの加しみち」、(裏面)「南 せんすいみち」/正面に「西國坂東秩父百番順禮供養塔」と陰刻
2
  羽附旭町の庚申塔道標 はねつくあさひ 館林市 (長竹) 石道標(自然石) 高90㎝(うち、塔身46㎝),幅35㎝ 明和5(1768)   市教委(館林市史4p493) 移設? (右面)「東 觀音道」、(左面)「北方 淡嶋道」/正面中央に「庚申供養塔」と陰刻 2
  日向町の道標 ひなた 館林市 日向義民地蔵・前 石道標 高60㎝,幅23㎝,厚15.5㎝ 安永6(1777)   市教委(館林市史4p499) 近接移設? (正面)「右 足利/左 太田 小泉、道」 1 -
  日向町の題目塔道標 ひなた 館林市 大日尊集会場 石道標(駒型) 高89㎝,幅29㎝,厚19㎝ 安永8(1779)   市教委(館林市史4p499) 移設 (左面)「右 こいつミ なかの/左 ぬまミち」/正面に「奉讀誦、光明真言三百万遍/念佛二億五百万遍」と陰刻 2
  木戸町の供養塔道標1 きど 館林市 (道西) 石道標(自然石) 高120㎝,幅43㎝,厚40㎝ 寛政3(1791)   市教委(館林市史4p499) 原位置? (台石右面)「西 こいづみ/北 あしか加」、(台石左面)「東 さの/南 たてばやし」/正面に「(梵字)供養」と陰刻 1
  大島町の庚申塔道標 おおしま 館林市 山王日限地蔵・前 石道標 高80㎝,幅27㎝,厚23.5㎝ 寛政6(1794)   市教委(館林市史4p491) 原位置? (正面下部)「南 たて者やし」、(右面)「東 ふじおか道」、(左面)「西 あしかが/北 杉のわたし さの、道」/正面上部に「庚申」と陰刻 1
  木戸町の供養塔道標2 きど 館林市 (道東) 石道標 高80㎝,幅35㎝,厚24.5㎝ 寛政10(1798)   市教委(館林市史4p499) 原位置? (右面)「右、さ乃/ふじおか」、(左面)「左、於々た/こいづみ、道」/正面に「念佛供養」と陰刻 1
  富士原町の庚申塔道標 ふじわら 館林市 富士獄神社 石道標(駒型) 高146㎝(うち、塔身80㎝),幅30㎝ 寛政12(1800)   市教委(館林市史4p496) 移設 (左面)「是ゟ、こ以つミ/あ可いわ、道」/正面に大きく「庚申」と陰刻 2
写真 赤生田本町の庚申塔道標 あこうだほん 館林市 (大林)三叉路 石道標 高109㎝(うち、台石19㎝),幅45㎝,厚28㎝ 寛政12(1800)   市教委(館林市史4p493)/WEB(鎌倉街道上道) 移設(向きが90度回転)/下部埋設(台石の刻字の下半分は見えない) (左面)「右 せんす以へ 兀三丁 いゝのへ 一り/左 いたく良へ 一り こ加へ 三り」、(台石左面)「西、たて林 廿二丁/あしかゝ 四り/こ以つみへ 三り」/正面を隅丸長方形に削り込み、大きく「庚申」と陰刻 2
写真 岡野町の猿田彦・天細女尊像道標 おかの 館林市 (大通南) 石道標 高117㎝,幅37㎝,厚22.5㎝ 文化元(1804)   市教委(館林市史4p501) 原位置? (台石正面右端)「右/たてはやし」、(同左端)「阿しかゝ道/左」/正面を枠だけ残して削り込み右側に猿田彦立像、左側に天細女尊(あまのうずめ)立像を陽刻/天細女尊は、天照大神が天岩戸に引きこもったとき、岩戸の前で踊った女神だが、瓊瓊杵尊が高天原から降りる際、迎えに出た猿田彦と最初に対面したことから猿田彦に仕えるようになった(一説には妻になった)→夫婦和合の象徴→双体道祖神に通じる 1
  成島町の庚申塔道標 なるしま 館林市 (小蓋) 石道標(自然石) 高98.5㎝,幅44㎝,33㎝ 文化6(1809)   市教委(館林市史4p500) 原位置? (台石正面右)「東 たてばやし」、(同左)「南 こいずみ」、(台石左面)「北 あしかゝ」/正面に大きく「庚申」と陰刻 1
  松原の廻国塔道標 まつばら 館林市 (2丁目)松原会館 石道標 高83㎝,幅27㎝,厚18㎝ 文政8(1825)   市教委(館林市史4p496) 移設 (右面下部)「従是/中瀬堂江 十八丁」、(左面下部左)「従是 龍泉寺江 六丁」/中央に「四國六十四番」と陰刻 2
写真 楠町の廻国塔道標 くすのき 館林市 不動明王・前
(楠町他上集会所)
石道標(駒型) 高135㎝(うち、台石32㎝),幅44㎝,厚27㎝ 文政9(1826)   市教委(館林市史4p493)/WEB(鎌倉街道上道) 移設 (台石正面中央)「東 古可”道」、(台石右面)「西/たて者やし/道」、(台石左面)「南/せん川以/道」/正面に「月山/湯殿山/羽黒山」と陰刻/下記の「楠町の供養塔道標」と並ぶ 2
  四ツ谷町の供養塔道標 よつや 館林市 稲荷神社・前 石道標 高120㎝,幅33㎝,厚20㎝ 文政12(1829)   市教委(館林市史4p490) 移設、集約 (右面)「北 さの いわふね/東 婦ぢ岡 のき宿、道」、(左面)「南 あかう多 子ノ權現ミち」、(台石正面)「南/たてはやし/江戸/せん津井/道」/正面に「(梵字)月山/湯殿山/羽黒山、坂東/西國/秩父、供養」と陰刻 2
写真 楠町の供養塔道標 くすのき 館林市 不動明王・前
(楠町他上集会所)
石道標(駒型) 高112㎝(うち、台石27㎝),幅36㎝,厚22.5㎝ 文政12(1829)   市教委(館林市史4p494)/WEB(鎌倉街道上道) 移設 (右面)「東 板く良 ら以でん/南 子ノ古ん介ん十二社、道」、(左面右)「西 疫除大し 一丁」/正面に「湯殿山納経供養」と陰刻、頂部に“日月”の線刻/上記の「楠町の廻国塔道標」と並ぶ 2
写真 坂下町の馬頭観音道標 さかした 館林市 (坂下)<日光脇往還> 石道標 高108㎝,幅37㎝,厚22㎝ 天保4(1833)   市教委(館林市史4p490)/WEB(鎌倉街道上道) 移設 (右面)「右、さの/とちき、道」、(左面)「左、かんま/ひこ満、道」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻/下記の「坂下町の道標」と並ぶ 2
写真 坂下町の道標 さかした 館林市 (坂下) 石道標 高100㎝,幅35㎝,厚23㎝ 天保6(1835)   市教委(館林市史4p490)/WEB(鎌倉街道上道) 移設 (正面)「らいでん道」、(同右上)「上早川田」、(右面)「二拾五丁目」/上記の「坂下町の馬頭観音道標」と並ぶ 2
  日向町の馬頭観音道標1 ひなた 館林市 大日尊集会所 石道標 高150㎝,幅31㎝,厚21㎝ 天保6(1835)   市教委(館林市史4p500) 移設 (正面最下部)「右 足利/左 太田、道」/正面に大きく「馬頭觀世音」と陰刻 2
  下早川田町の道標 しもさがわだ 館林市 神明宮・入口 石道標 高140㎝,幅33㎝,厚22.5㎝ 天保7(1836)   市教委(館林市史4p501) 移設? (正面)「らゐでん宮入口道」 2
  富士原町の道標 ふじはら 館林市 富士嶽神社 石道標 高125㎝,幅31㎝,厚24㎝ 天保7(1836)   市教委(館林市史4p497) 移設 (正面)「富士浅間入口道」 2
  大島町の道標1 おおしま 館林市 観音堂 石道標 高51㎝,幅21.5㎝,厚14.5㎝ 天保7(1836)   市教委(館林市史4p491) 下部欠損→建てかけてあるだけ (右面)「北、□ノわたし/まかどかし/さの」、(左面)「東、ふじをか/…」、(裏面)「西、たてばやし/すぎのわたし」 3 -
  赤土町の道標 あかつち 館林市 赤土町会館 石道標(尖頭角柱) 高62㎝,幅26.5㎝,厚20㎝ 天保11(1840)   市教委(館林市史4p500) 移設/下部欠損 (正面)「従是 富士浅…」 4 -
写真 羽附旭町の如意輪観音像道標 はねつくあさひ 館林市 長竹集会所・前 石道標(尖頭角柱) 高195㎝(うち、台石32+43㎝),幅43㎝,厚43㎝ 天保12(1841)   市教委(館林市史4p494)/WEB(鎌倉街道上道) 移設 (台石正面)「向、あこう多/せんつゐ」、(台石右面)「向、いゝの加し/こ可"」、(台石左面)「向、すぎの王多し/たて者やし」、(台石裏面)「向、毛みや/ふじお可」/正面を枠だけ残して火灯窓型に削り込み上部に如意輪観音の半跏坐像(光輪、蓮台)を陽刻、その下に「十九夜供養」と陰刻 2
  日向町の馬頭観音道標2 ひなた 館林市 大日尊集会所 石道標(駒型) 高100㎝,幅38㎝,厚24㎝ 天保12(1841)   市教委(館林市史4p500) 移設 (右面)「右、八木/足利」、(左面)「左 太田」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 2
  赤生田町の題目塔道標 あこうだ 館林市 (山田) 石道標 高107㎝,幅33㎝,厚29㎝ 嘉永5(1852)   市教委(館林市史4p494)   (左面右)「南 せん津い 壹り」、(同左)「北 すぎの渡シ 壹り」  
  上三林町の馬頭観音道標1 かみみばやし 館林市 十九夜堂・前 石道標 高68㎝,幅25.5㎝,厚19㎝ 嘉永7(1854)   市教委(館林市史4p498) 移設 (正面右)「向右、あかい王 一り半/くまが以 四り」、(同左)「向左、たてばやし 一り半/さの 三り」/正面中央に「馬頭觀世音」と陰刻 2 -
  大島町の道標2 おおしま 館林市 (正儀内) 石道標 高51㎝,幅18㎝,厚12㎝ 嘉永7(1854)   市教委(館林市史4p491) 移設、集約 (右面)「左 いいの いたくら」、(左面)「右、たてばやし/かわまた」、(裏面)「向 さの くずう道」 2 -
  上三林町の馬頭観音道標2 かみみばやし 館林市 雷光寺 石道標 高81㎝(基部含む),幅30㎝,厚21㎝ 安政5(1858)   市教委(館林市史4p498) 移設、基部露出 (正面左)「南 あ可い王かし」、(右面)「右 たてはやし」、(左面)「左 やぎ」/正面中央に「馬頭觀世音」と陰刻 3 -
  羽附旭町の道祖神道標 はねつくあさひ 館林市 (渕ノ上) 石道標(駒型) 高55㎝(うち、塔身46㎝),幅24㎝ 安政6(1859)   市教委(館林市史4p494) 移設→個人宅/下部埋設 (正面右下)「左 たては…」、(同左下)「右 こか…」/正面に「道祖神」と陰刻 4 -
  羽附旭町の庚申塔道標 はねつくあさひ 館林市 (長竹) 石道標(自然石) 高137㎝,幅80㎝,幅36㎝ 安政7(1860)   市教委(館林市史4p495) 近接移設? (正面最下部左)「南 いゝの 一り、(右面)「東 ふじおか 二り」、(左面)
「北 すぎのわたし 一り」/正面に大きく「庚申塔」と陰刻
1
写真 上赤生田町の庚申塔道標 かみあこうだ 館林市 永明寺観音堂・前 石道標(自然石) 高220㎝(うち、台石20㎝),幅97㎝,厚18㎝ 万延元(1860)   市教委(館林市史4p495)/WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約 (正面最下部右)「右、ゆき/とまり」、(同左)「左、せんづい/いひの/ざ者」/正面に大きく「庚申」と陰刻 2
  堀工町の馬頭観音道標 ほりく 館林市 (中山東) 石道標(尖頭角柱) 高77㎝,幅24㎝,厚19㎝ 文久元(1861)   市教委(館林市史4p497) 原位置? (正面最下部)「東…へ 二り/南 かわまたへ 一り/南 むめはらへ 一り/西 たてはやしへ 十八丁」/正面上部に「馬頭觀世音」と陰刻 1 -
  大新田町の馬頭観音道標 おおしんでん 館林市 稲荷神社 石道標 高134㎝,幅30㎝,厚27㎝ 慶応2(1866)   市教委(館林市史4p501) 移設 (台石正面左)「東 ふじをか道」、(台石右面)「右 さの 足利道」、(台石左面)「左 たてばやし」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 2
  下休泊堀(新堀川) しもきゅうはく 館林市 多々良沼~明和町江黒 用水路   天文年間(1530-58)か?   市教委 C改修 大谷休泊(1521-78)により開削された館野ヶ原の灌漑用水/大谷休泊の名が付いている 3
  大谷原山林 おおやはら 館林市   防風林   永禄元(1558)~   市教委 補植部分が多い 大谷休泊(1521-78)により館野ヶ原の冬季の砂塵防止のため植林された広大な松林(20年近くかけ115万本)/大谷休泊の名が付いている 3
写真 青龍の井戸 せいりゅう 館林市 青龍神社<福壽院> 石井戸   天和3(1683)   WEB(鎌倉街道上道) 鉄板で蓋 (井戸枠正面)「奉寄進/清瀧大權…/天和三年/願主 冨田…/別當 福壽…」/延宝年間(1673-81)に清水が自噴し、中から女官姿の青滝権現が姿を現したという伝承に基づく命名 2
  神橋 しん 富岡市   石桁橋 長4.2m,幅2.8m 宝永2(1705)頃   WEB   建造された年代は不詳だが、橋に隣接する碑に「宝永二乙酉歳」(1705)と刻まれていることから、ほぼ同時期に架橋されたものと推察される   -
  下黒岩の庚申塔道標 しもくろいわ 富岡市 (砂田) 石道標(自然石) 高92㎝,幅35㎝,厚26㎝ 享保4(1719)   富岡市の石造物p802 移設? (正面右端)「大日みち」、(正面左端)「一ノミみち」/正面に「奉造立庚申供養」と陰刻、上部に“日月”の線刻 2
  妙義町八木連の供養塔道標 みょうぎ、
やぎつれ
富岡市 (堂谷) 石道標 高76㎝,幅52㎝ 延享3(1746)   上州の近世石造物1p291   (正面右)「右 妙うき」、(同左)「左 中のたけ」/正面中央に「念佛供養塔」と陰刻」   -
  妙義町菅原の馬頭観音道標 みょうぎ、
すがはら
富岡市 (川後石) 石道標(自然石) 高100㎝ 寛政4(1792)   上州の近世石造物1p291   (正面右)「右 天神 菅原」正面中央に「馬頭觀音塔」と陰刻  
  下黒岩の馬頭観音道標 しもくろいわ 富岡市 (芹田) 石道標(自然石) 高106㎝,幅29㎝,厚5㎝ 文化11(1814)   富岡市の石造物p802 移設、集約 (正面最下部)「右 たかさき/あんなか/左 山みち」/正面上部に「馬頭觀世音菩薩」と陰刻 2
  妙義町下高田の馬頭観音道標 みょうぎ、
しもたかた
富岡市 (新光寺)薬師・前 石道標 高59㎝,幅39㎝ 文政7(1824)   上州の近世石造物1p291   (正面右)「右 人見村」、(同左)「左 松井田」/正面中央に「馬頭觀世音」と陰刻   -
  中沢の供養塔道標 なかざわ 富岡市 (中里) 石道標 高76㎝,幅22㎝,厚23㎝ 安政元(1854)   富岡市の石造物p803 原位置? (左面)「右 一ノ宮 三十丁/ 松井田 三里」/正面に「寒行供養」と陰刻 1 -
  上丹生の道標 かみにゅう 富岡市 丹生公民館 石道標
(磁石型の自然石)
67㎝×73㎝,
高25㎝
江戸期   富岡市の石造物p804 館内展示 中心に向かって放射線状に刻字:「東 いたはな/南 下仁田/西 ふどう明 井田」/群馬県特有の磁石型の道標/施主が姓なし→江戸期の可能性 2
  七日市用水(浅岡堀) なのかいち 富岡市 丹生川 用水路   17世紀初   市教委 大規模な修復 農業用水と防火用水を兼ねる 4
  旧滝坂御門の常夜灯 たきさかごもん 沼田市 神明宮 石常夜灯 高4.71m 嘉永5(1852) 市史跡 WEB 明治40に移設 中町の旅人宿業・木榑屋七左衛門が、旅人の便を図るとともに弁財天に対する信仰から、滝坂曲り角の高台に常夜灯を建立/高い石基壇の上に猫脚付きの高1.91mの本体を載せる 2
  白沢町生枝の道標 しらさわ、
なまえ
沼田市   石道標 高130㎝,幅22㎝ 正徳2(1712)   上州の近世石造物1p300 移設→個人宅 (正面)「南 尾合道/東 其原 湯道」 4
  白沢町上古語父の道祖神像道標 しらさわ、
かみここぶ
沼田市 諏訪神社・入口 石道標 高60㎝,幅30㎝ 享保14(1729)   上州の近世石造物1p236 原位置? (正面下部)「東 会津/西 月夜野」/正面上部に双体道祖神像を陽刻 1
  横塚町の供養塔道標 よこづか 沼田市   石道標 高74㎝,幅19㎝ 元文6(1741)   上州の近世石造物1p270   (正面最下部)「立岩村/川場湯、道」/正面に「弁天待供養」と陰刻   -
  白沢町下古語父の題目塔道標 しらさわ、
しもここぶ
沼田市 諏訪神社 石道標 高50㎝,幅18㎝ 元文6(1741)   上州の近世石造物1p300 移設 「右 ここふ道」「左 かわは道」/正面に「廿三夜」と陰刻 2 -
  白沢町高平の道標 しらさわ、
たかひら
沼田市 <会津街道> 石道標 高51㎝,幅30㎝ 延享5(1748) 市重要 上州の近世石造物1p29・300 下部埋設(30㎝埋没→刻字の半分以上が見えなくなった) (正面)「右 東入道/左 くわんおん道」 2
  利根町穴原の聖観音像道標 とね、
あなばら
沼田市 (柏平) 石道標(丸彫) 高108㎝(うち、塔身68㎝),幅35㎝ 宝歴3(1753)   上州の近世石造物1p29・300 移設/覆屋内/前に金網 (台石正面)「右 大まゝ道/左 山みち」/台石上に聖観音立像(蓮台)の丸彫を載せる 2
  佐山町の聖観音像道標 さやま 沼田市 (上佐山)赤鳥居下 石道標(舟型) 高77㎝,幅40㎝ 宝歴9(1759)   上州の近世石造物1p270   (台石正面)「右ハ 山道/左ハ 大沼」/正面に聖観音像を陽刻  
  白沢町下古語父の馬頭観音像道標 しらさわ、
しもここぶ
沼田市 諏訪神社 石道標 高60㎝,幅28㎝ 宝歴14(1764)   上州の近世石造物1p300 移設 「右 ぬまた道」「左 たかひら道」/正面に馬頭観音○像(詳細不明) 2
  佐山町の庚申塔道標 さやま 沼田市 (上佐山)岩屋堂 石道標(尖頭角柱) 高109.5㎝,幅29
明和2(1765)   上州の近世石造物1p270 移設 (○面)「右 札所 久王んをん/ひだり 大ぬま道」 2
  町田町の道標 まちだ 沼田市 (東) 石道標 高58㎝,幅19㎝ 明和4(1767)   上州の近世石造物1p269   (正面)「南、か志やう山道/ぬまた道/さやま道」   -
  石墨町の道祖神像道標 いしずみ 沼田市 (瀬久保) 石道標(舟型) 高99.5㎝(うち、塔身55㎝),幅39㎝ 明和8(1771)   上州の近世石造物1p94・270   (正面下部)「右ハ 佐山道/左ハ 三み称道」/正面上部に双体道祖神像(酒器)を陽刻  
  下久屋町の道祖神像道標 しもくや 沼田市 (上組) 石道標(舟型) 高54㎝,幅42㎝ 明和8(1771)   上州の近世石造物1p94   (正面下部)「左 たぬま たくち」(?)/正面上部に双体道祖神像(抱肩・握手)を陽刻  
  戸鹿野町の馬頭観音道標 とがの 沼田市   石道標 高52.5㎝,幅23㎝ 安永2(1773)   上州の近世石造物1p270   (左面?)「右/左、戸かのはし道」/正面に「馬頭觀世音菩薩」と陰刻   -
  今井町の大師道標 とがの 沼田市 中山峠・下 石道標(丸彫) 高228.5㎝(うち、塔身142.5㎝),
幅41㎝
安永9(1780)   上州の近世石造物1p270   (右面?)「右ハ ぬまた道」、(左面?)「左ハ 加ミ加わ多道」/正面頂部に大師坐像を陽刻、その下に「南無大師遍照金剛」と陰刻  
  岡谷町の馬頭観音像道標 おかや 沼田市 観音堂 石道標(舟型) 高52㎝,幅28㎝ 天明4(1784)   上州の近世石造物1p270 移設 (正面最下部右)「右 作場道」、(同左)「左 な良道」/正面に馬頭観音像を陽刻 2
  東倉内町の道祖神道標 ひがしくらうち 沼田市   石道標(自然石) 高104㎝,幅58㎝ 文化6(1809)   上州の近世石造物1p95・270 移設→個人宅 (正面右)「右 むら」、(同左)「左 かは場 か志やう山」/正面中央に「道祖神」と陰刻 4
  屋形原町の道祖神道標 やかたばら 沼田市 (沢)子持林道・入口 石道標(自然石) 高182㎝(うち、塔身139㎝),幅56㎝ 文政4(1821)   上州の近世石造物1p95   (正面下部)「左 こもち山」/正面に「道祖神」と陰刻  
  利根町輪組の庚申塔道標 とね、わくみ 沼田市 輪久原神社 石道標 高70㎝,幅29㎝ 天保3(1832)   上州の近世石造物1p300 移設 「右 いしど/左 まへばし」/正面に「庚申大士」と陰刻 2 -
  上沼須町の庚申塔道標 かみぬます 沼田市 利南支所・横 石道標(自然石) 高222㎝(うち、塔身160㎝),幅62㎝ 万延元(1860)   上州の近世石造物1p270   (台石正面右)「右 ぬまた」、(同左)「左 はしば」/正面に大きく「庚申」と陰刻  
  白沢用水   沼田市   用水路   享禄3(1530) 市史跡          
  下日野の題目塔道標 しもひの 藤岡市 道祖神峠 石道標(自然石、緑色片岩) 高87㎝,幅48.5㎝ 元文3(1738)   上州の近世石造物1p275 原位置 (正面最下部?)「東ハ ちゝぶ おにしみち/西ハ やまみち/北ハ めうぎ よしい」/正面に「南無阿弥陀佛」と陰刻 1
  緑埜の道祖神道標 みどの 藤岡市   石道標 高90㎝,幅78㎝ 明和9(1772)   上州の近世石造物1p275 原位置 (正面右下?)「右 高崎」、(同左下)「左 めうぎ道」/正面に「道祖神」と陰刻 1
  篠塚の題目塔道標1 しのづか 藤岡市 西宝院 石道標(六角宝塔) 高128㎝(うち、塔身100㎝),幅60㎝ 安永2(1773)   上州の近世石造物1p275 原位置 (?)「右 ふぢをか道/左 新町道」 1
写真 篠塚の題目塔道標2
(道標付笠石四角塔)
しのづか 藤岡市 篠塚東交差点 石道標(笠付き、安山岩) 高162㎝(うち、台石28+32㎝),幅28㎝,厚28.5㎝ 天明7(1787) 市重文 上州の近世石造物1p275/市教委/WEB(鎌倉街道上道) 原位置? (台石正面)「右/くらかの/左/ふしをか」、(台石左面)「右/志んまち/左/よし…」/塔身の3面に六地蔵他の名が刻字/台石上に蓮台/笠正面に唐破風 1
写真 藤岡の道標1 ふじおか 藤岡市 金井街道・分岐点 石道標(尖頭角柱) 高110㎝,幅22㎝,厚21㎝ 文化元(1804)   上州の近世石造物1p275/WEB(鎌倉街道上道) 原位置? (正面)「右、一ノ宮 五里半/妙儀 八里」、(同最下部)「吉井 二里半/富岡 五里/下仁田 八里」、(左面)「左、平井/金井、日野道」 1
  矢場の道標 やば 藤岡市 光明寺 石道標(自然石) 高91.5㎝(うち、塔身79㎝),幅48㎝ 文政7(1824)   上州の近世石造物1p275 移設 (正面)「右 ちち婦 おにいし/左 大山道 八まん山 小平」 2
写真 藤岡の道標2
(一丁目道標)
ふじおか 藤岡市 増信寺・門前 石道標(駒型、安山岩) 高205㎝(うち、塔身174㎝),幅27.5
天保3(1832) 市重文 市教委 移設 (正面)「左 江戸」、(同最下部)「本庄/八幡山」、(右面)「右 秩父」、(同最下部)「渡瀬/鬼石」、(左面)「右 妙義 榛名」、(同最下部)「髙崎/吉井」/駒型というよりは屋根型 2
  三波川の庚申塔道標 さんばがわ 藤岡市 (上妹ヶ谷) 石道標 高105㎝,幅62㎝ 天保13(1842)   上州の近世石造物1p290   (正面下部?)「右ハ是より 妙義/日野 榛名、道」/正面に「庚申塔」と陰刻  
  三波川の道祖神道標 さんばがわ 藤岡市 (琴辻) 石道標 高76㎝,幅48㎝ 万延元(1860)   上州の近世石造物1p180・290 原位置 (正面右)「右 フジオカ」、(同左)「左 ヒノ」/正面中央に「道祖神」と陰刻 1 -
写真 立石新田の橋供養塔1 たついししんでん 藤岡市 信迎庵<中山道> 石碑(丸彫) 高282㎝(うち、台石87㎝),幅61㎝,厚41㎝ 宝暦13(1763)   WEB/WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約/光輪の上部が破損 (台石正面)「橋建立供養」/台石上に地蔵の半跏坐像(光輪、錫杖、蓮台、敷茄子、六角台)を載せる/下記の「立石新田の橋供養塔2」と並ぶ 2
写真 立石新田の橋供養塔2 たついししんでん 藤岡市 信迎庵<中山道> 石碑 高78㎝,幅24.5㎝,厚24㎝ 安永2(1773)?   WEB/WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約 (正面頂部)「(梵字)橋/供/養」/上記の「立石新田の橋供養塔1」と並ぶ/建立年確認できず 2
  大間々町○○の廻国塔道標 おおまま、○○ みどり市 旧永福寺跡 石道標(角柱) 高107㎝,幅43㎝ 宝永7(1710)   大間々町誌別巻7p176 移設 (右面)「右 ひらつか道」、(左面)「左 大田之道、大間々町湯沢□□/広沢村 土沢」/正面に「(梵字3)奉建立日本百箇所巡礼」と陰刻 2
  大間々町○○の聖観音像道標 おおまま、○○ みどり市 円光寺跡 石道標(舟型) 高135(うち、塔身77)㎝,幅37㎝ 正徳6(1716)   大間々町誌別巻7p179 移設 (正面下部左)「左 おりのうち道」/正面に聖観音立像を陽刻 2
  久宮の題目塔道標 くぐう みどり市 (前原) 石道標(自然石) 高50㎝,幅46㎝ 享保17(1732)   上州の近世石造物1p310 移設→共同墓地 (正面下部?)「東 きりふ/西 いせさき/北 阿かぎ/南 大原 志かだ」/正面に「南無阿弥陀佛」と陰刻 3 -
  阿左美の庚申塔道標 あざみ みどり市 南光寺 石道標(自然石) 高105㎝,幅52㎝ 元文5(1740)   上州の近世石造物1p310 移設 (台石○面)「東 桐生/南 太田、道」、(台石○面)「西 大原/北 大間々、道」/正面に「(梵字)庚申塔」と陰刻 2
  阿左美の題目塔道標 あざみ みどり市 南光寺 石道標 高146㎝,幅39㎝ 延享4(1747)   上州の近世石造物131・p310 移設 (台石正面右)「右/久保田/道」、(同左)「左/大間々/道」/正面を火灯窓型に削り込み「(梵字7)」を陰刻 2
  鹿の馬頭観音道標 しか みどり市 (小仁田)長円寺 石道標 高92㎝,幅29㎝ 寛延3(1750)   上州の近世石造物1p310 移設? (台石正面)「西 いせさき/南 大原」、(右面下部)「足利/桐生」、(左面下部)「三夜沢/前橋」/正面に「(梵字)馬頭觀音大士」と陰刻 2
  大間々町高津戸の庚申塔道標 おおまま、
たかつど
みどり市 自音寺 石道標(自然石) 高98(うち、塔身70)㎝,幅33㎝ 天明5(1785)   大間々町誌別巻7p225 移設 (台石正面)「西、大間々/花輪」/正面に「(梵字)庚申」と陰刻 2
  大間々町高津戸の供養塔道標 おおまま、
たかつど
みどり市 自音寺 石道標(自然石) 高102(うち、塔身84)㎝,幅62㎝ 寛政8(1796)   大間々町誌別巻7p222 移設 (正面下部)「西 大間々道」、(正面下部右)「左り 桐生道」/正面に「(梵字)千庚申供養」と陰刻 2
  大間々町高津戸の馬頭観音像道標 おおまま、
たかつど
みどり市 自音寺 石道標 高61(うち、塔身51)㎝,幅23㎝ 寛政11(1799)   大間々町誌別巻7p396 移設 (右面)「右 桐生」、(左面)「左り 小倉」/正面に馬頭観音立像を陽刻 2
  大間々町上神梅の庚申塔道標 おおまま、
かみかんばい
みどり市 覚成寺 石道標(自然石) 高183(うち、塔身155)㎝,幅95㎝ 寛政12(1800)   大間々町誌別巻7p252 移設 (台石右面)「西/おふご/まへはし」/正面に「庚申」と陰刻、上部に“日月”の陽刻 2
  西鹿田の馬頭観音道標 さいしかだ みどり市 長昌寺墓地 石道標(自然石) 高66㎝,幅51㎝ 寛政12(1800)   上州の近世石造物1p310 移設 (正面最下部)「北 大間々/南 境/西 伊勢崎」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 3 -
  鹿の題目塔道標 しか みどり市 (杉菜原) 石道標 高78㎝,幅53㎝ 文化2(1805)   上州の近世石造物1p310 移設? (正面下部)「桐生道」、(右面?)「左 さんたい」、(左面?)「右 いせさき」/正面に「天王宮」と陰刻 2
写真 岡登用水取水口 おかのぼり みどり市 渡良瀬川 掘割 長15.7m 近世初頭   WEB/市教委 岩の一部が河川内に残る 発掘調査により、岩盤を掘り割った導水口・水門遺構・排砂口などの遺構も確認されているが,これらは現在埋め戻されている 4
写真 湯滝の燈籠 ゆたき (吾妻)草津町 湯畑源泉(草津温泉) 石常夜灯 高2.43m 文政13(1830) 町建造 町教委/WEB 湯滝の崖上に保存 伊勢太々講中の人々によって寄進/源泉の脇にあった不動堂の常夜灯 2
写真 泣き燈籠 なき (吾妻)草津町 草津運動茶屋公園 石常夜灯(道標兼) 高3.06m 万延元(1860) 町建造 町教委/上州の近世石造物1p298 昭和30~39年に現在地より南東50mの江戸道と沢渡道の追分から移設 (台石右面)「江戸/高崎/川原湯/大戸/長ノ原/信州道」、(台石左面)「沢渡/中之条/四万/伊香保/沼田/日光道」/白石栄左衛門が若い時行き倒れになり、終夜泣き明かしたことから、後年、霊泉への感謝を込めて道しるべのため寄進 3
  草津の題目塔道標 くさつ (吾妻)草津町 (南本町・三之沢) 石道標 高75㎝,幅28㎝ 宝暦13(1763)   上州の近世石造物1p298   (右面)「右ハ 志ん志う道」、(左面)「左ハ 江戸道」/正面に「南無地蔵菩薩」と陰刻   -
  草津の道標1 くさつ (吾妻)草津町 (泉水) 石道標 高78㎝,幅25㎝ 寛政10(1798)   上州の近世石造物1p298   「従是 鬼泉水 氷たに」、「従是 常布滝 白根山」  
  草津の道標2 くさつ (吾妻)草津町 草津町公民館 石道標 高67㎝ 文政9(1826)   上州の近世石造物1p298 移設 (正面)「右ハ 信州道/左ハ 江戸みち」 3 -
写真 将軍御汲上の湯枠 くみあげ、
ゆわく
(吾妻)草津町 湯畑源泉(草津温泉) 湯枠 東452㎝,西352㎝,南北277㎝ 享保11(1726) 町建造 町教委/WEB 湯畑の源泉の中に四角に組まれた木枠が沈む 享保11に、8代将軍吉宗の命で、湯畑の湯を樽に詰めて江戸城まで運んだとの記録が残る→湯畑の中の檜の木枠の中が源泉なので、「御汲上の湯枠」と呼ばれている/草津温泉の象徴 3
  中山の供養塔道標 なかやま (吾妻)高山村 原・三叉路 石道標   文化4(1807)   上州の近世石造物1p299   (正面最下部?)「右 本宿/左 新田」/正面に「法華供養塔」と陰刻    
  今井の馬頭観音像道標1 いまい (吾妻)嬬恋村 (半出来)諏訪神社脇 石道標 高100㎝,幅30㎝ 寛政13(1801)   上州の近世石造物1p298   (右面)「右 くさつ」、(左面)「左 かん原」/正面に馬頭観音○像の陽刻
(詳細不明)
 
  今井の馬頭観音像道標2 いまい (吾妻)嬬恋村 (東平)三叉路 石道標 高64㎝,幅27㎝ 享和元(1801)   上州の近世石造物1p297 原位置? (正面最下部)「右 はるな/左 やま、道」/正面に馬頭観音○像の陽刻(詳細不明) 1
  田代の供養塔道標 たしろ (吾妻)嬬恋村 国道144号、ブナの木・西100m旧道 石道標 高140㎝(うち、塔身60㎝) 享和3(1803)   上州の近世石造物1p298 原位置? (台石正面?)「右ハ 仁連い/左ハ うへ田、みち」/正面に「奉納秩父坂東西國百番供養塔」と陰刻 1
  大笹の供養塔道標 おおざさ (吾妻)嬬恋村 (砂井五里原) 石道標 高100㎝(うち、塔身80㎝),幅27㎝ 文政6(1823)   上州の近世石造物1p297   (正面右)「右 干又」、(同左)「左 山」/正面中央に「日本百番供養塔」と陰刻  
写真 大笹の馬頭観音道標 おおざさ (吾妻)嬬恋村 (登城) 石道標 高55.5㎝,幅㎝ 嘉永2(1849)   上州の近世石造物1p297   (正面右下)「右 ぜん」、(同左下)「左 山」/正面中央に「馬頭大士」と陰刻/下記の「抜道の碑」と並ぶ   -
  三原の馬頭観音道標 みはら (吾妻)嬬恋村 山口事務所・前 石道標(尖頭角柱) 高50㎝,幅24㎝ 嘉永6(1853)   上州の近世石造物1p297   (正面最下部)「右 西窪村/左 中居村」/正面に「馬頭大士」と陰刻   -
  田代の馬頭観音道標1 たしろ (吾妻)嬬恋村 田代橋・先30m 石道標(自然石) 高52㎝,幅40㎝ 安政6(1859)   上州の近世石造物1p297   (正面最下部)「右 山元湯尻」/正面に「馬頭大士」と陰刻   -
  田代の馬頭観音道標2 たしろ (吾妻)嬬恋村 連敷・入口 石道標 高78㎝(うち、塔身56㎝),幅15㎝ 元治元(1864)   上州の近世石造物1p298   (正面最下部?)「右 吾妻山」/正面に「馬頭觀音」と陰刻  
写真 抜道の碑 ぬけみち (吾妻)嬬恋村 <仁礼街道> 石道標
(自然石、安山岩)
高85㎝,幅40㎝ 嘉永5(1852) 村史跡 村教委/WEB 原位置 (左面)「揚雲雀 見聞て古ゝに/休ふ亭/右越佛乃 道と志るへし」(=揚げひばり 見聞てここに/休ふて/右を仏の 道と知るべし)、(同最下部中央)「正道」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻→仁礼街道の大笹関所を回避して、善光寺へ抜ける道のあることを暗示/上記の「大笹の馬頭観音道標」と並ぶ 1
写真 天明大笹温泉引湯道・跡 てんめいおおざさ (吾妻)嬬恋村 <天明大笹温泉> 石積湯道
(浅間石)
約6㎞→残存区間 長約400m 天明5(1785) 村史跡 村教委 雑木林の中に石積水路が残る/別荘地で一部喪失 天明3年7月8日の浅間山噴火に伴い山麓に湧き出した温泉を、飢え人救済のため、黒岩長左衛門が大笹宿に引いた/溶岩の熱による温泉のため、文化3年には温泉の温度が下がり廃止/この種の温泉施設は、判明している限り、我が国で唯一 3 写真
写真 天明大笹温泉湯溜 てんめいおおざさ (吾妻)嬬恋村 <天明大笹温泉> 湯溜   天明5(1785)   村教委 凹地らしい状態がほとんど分からない/未整備(文化財との認識なし) かつて湯溜だった凹地

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  入山の題目塔道標1 いりやま (吾妻)中之条町 (田代原) 石道標 高56㎝,幅19㎝ 享保13(1728)   上州の近世石造物1p299   (正面右下)「右ハ シナノみち」、(同左下)「左ハ くさつみち」/正面中央に「大日如來」と陰刻   -
  大道の地蔵道標 だいどう (吾妻)中之条町 八幡宮・東 石道標 高115㎝(うち、塔身70㎝),幅20㎝ 宝暦9(1759)   上州の近世石造物1p293   (正面像下?)「右 しまさハたり/左 中之条」/正面頂部に地蔵○像を陽刻(詳細不明)  
  小雨の道祖神像道標 こさめ (吾妻)中之条町 旧草津道入口 石道標(自然石) 高74㎝,幅54㎝ 明和2(1765)   上州の近世石造物1p232 原位置? (正面左下)「ひたり くさ津道」/正面に双体道祖神像(笏持・合掌)を陽刻 1
  大倉岳の道標 おおくら (吾妻)中之条町 天狗の足跡・北 石道標 高160㎝,幅45㎝,厚25㎝ 天明7(1787)   中之条町の石造物p157   (正面)「中綿入/下綿入」  
  大道峠の馬頭観音道標 だいどう (吾妻)中之条町 大道峠 石道標   寛政12(1800)   中之条町の石造物p167   (台石正面?)「右 しまみち/左 なかのじょうみち」/正面に「馬頭觀音」(?)と陰刻(?)    
  入山の馬頭観音道標 いりやま (吾妻)中之条町 (田代原)<岩下道> 石道標 高65㎝,幅44㎝ 天保13(1842)   上州の近世石造物1p299   (正面最下部?)「右 くさつ/左 こさめ」/正面に「馬頭大士」と陰刻   -
  入山の題目塔道標2 いりやま (吾妻)中之条町 (引沼) 石道標 高73㎝,幅24㎝ 嘉永7(1854)   上州の近世石造物1p299   (正面右下)「右ハさわたり」、(同左下)「左ハ 山」/正面中央に「南無阿弥陀佛」と陰刻   -
  入山の題目塔道標3 いりやま (吾妻)中之条町 (引沼) 石道標 高72㎝,幅25㎝ 嘉永7(1854)   上州の近世石造物1p299   (正面右下)「右ハ 山道」、(同左下)「左ハ 和光原」/正面中央に「大日如來」と陰刻   -
  応桑の題目塔道標 おおくわ (吾妻)長野原町 桜岩地蔵 石道標 高60㎝,幅21.5㎝ 元禄16(1703)   上州の近世石造物1p297 移設 (右面)「右ハ くさつ道」、(左面)「左は 大ささ道」/正面に「南無藥師瑠璃光如來」と陰刻   -
  林の道標 はやし (吾妻)長野原町 滝沢観音・入口 石道標 高102㎝,幅32㎝ 文化4(1807)   上州の近世石造物1p296   (正面)「くさつ温泉/志なのみち」  
  林の子安観音像道標 はやし (吾妻)長野原町 (中棚)観音堂 石道標 高130㎝(うち、塔身45㎝),幅35㎝ 文化5(1808)   上州の近世石造物1p296   「右 たきざわ」/子安観音○像(詳細不明)  
  林の供養塔道標 はやし (吾妻)長野原町 滝沢観音・入口 石道標 高80㎝ 文政5(1822)   上州の近世石造物1p296   「三原三十四番瀧沢入口」/正面に秩父坂東供養」と陰刻  
  羽根尾の道標 はねお (吾妻)長野原町 応桑・入口 石道標(自然石)   江戸期   上州の近世石造物1p28・296 原位置? (正面)「右 せんこうじ/左ハ 江戸」/「江戸」の標記は江戸期の可能性 1
  吉岡神社の太鼓橋 よしおか (吾妻)東吾妻町   石桁橋(反橋)   江戸期 町重文 WEB 保存状態良好 擬宝珠付き高欄 1
  川戸の秋葉山常夜灯 かわど (吾妻)東吾妻町 (内出)深沢口・反対側 石常夜灯(道標兼) 高3.43m 安政5(1858)   上州の近世石造物1p294   (竿)「象頭山」「榛名山」「秋葉山」「雨降山」、(台石?)「右 草津道」「左 榛名道」  
  須賀尾の道標1 すがお (吾妻)東吾妻町 (清水)三叉路 石道標 高63㎝,幅22㎝ 享保6(1721)   上州の近世石造物1p295 原位置? (正面)「右 信州 くさづ/左 鳩ノゆ」 1 -
  須賀尾の地蔵(?)道標 すがお (吾妻)東吾妻町 (矢竹) 石道標 高128㎝(うち、塔身103㎝),幅39㎝ 延享元(1744) 町重文 上州の近世石造物1p295 移設、集約 「東 草津道」、「左 西信州道」/正面に地蔵○像(?)(詳細不明)/紀年銘は「享元年」とあるので、延享の可能性大 2
  三島の道標 みしま (吾妻)東吾妻町 (上郷)阿弥陀堂 石道標 高77㎝,幅29㎝ 安永8(1779)   上州の近世石造物1p295 移設 (正面)「右ハ □□原みち/左ハ 河原湯みち」 2 -
  大柏木の馬頭観音像道標1 おおかしわぎ (吾妻)東吾妻町 (的場) 石道標 高125㎝(うち、塔身55㎝),幅38㎝ 天明5(1785)   上州の近世石造物1p294   (台石正面)「右 かハらゆ/左 須かを」/正面に馬頭観音○像(詳細不明)  
  大柏木の馬頭観音像道標2 おおかしわぎ (吾妻)東吾妻町 (上ノ沢) 石道標 高130㎝(うち、塔身66㎝),幅40㎝ 寛政6(1794)   上州の近世石造物1p294   (台石正面?)「右 やまみち/左 はるなみち」/正面に馬頭観音○像(詳細不明)  
  大柏木の馬頭観音像道標3 おおかしわぎ (吾妻)東吾妻町 (上ノ沢)上ノ沢橋・向う 石道標(舟型) 高116㎝(うち、塔身65㎝),幅36㎝ 寛政6(1794)   上州の近世石造物1p294 原位置? (台石正面?)「右ハ やまみち/左ハ すがをみち」/光背中央に馬頭観音○像の陽刻(詳細不明) 1
  三島の道祖神道標 みしま (吾妻)東吾妻町 (沢尻) 石道標(自然石) 高123㎝ 享和元(1801)   上州の近世石造物1p295   (正面最下部?)「右 やまみち/左 大柏木」/正面に「道祖神」と陰刻  
  大戸の供養塔道標 おおど (吾妻)東吾妻町 (塩の平) 石道標 高93㎝,幅33㎝ 文化8(1811) 町重文 上州の近世石造物1p28・294 原位置? (右面)「右 大かしわ 起むら通 かわらゆ江 三里/左 くさつに 八里 せんこうじ江 廿八里」、(左面)「右 ミやうぎさん江 八里 たかさき江 十里/左 いかほ江 五里 ぬま多江 十里」/正面に「奉納経日本廻國供養塔」と陰刻 1
  三島の供養塔道標 みしま (吾妻)東吾妻町 地蔵堂 石道標 高137㎝(うち、塔身87㎝),幅34㎝ 天保6(1835)   上州の近世石造物1p294   (台石正面?)「右 かわらゆ/左 さハた里」/正面に「百番供養塔」と陰刻  
  大戸の道標1 おおど (吾妻)東吾妻町 (後所谷戸) 石道標 高79㎝,幅20㎝ 弘化3(1846)   上州の近世石造物1p295   (正面)「右 三之倉/左 はるな」  
  大戸の道標2 おおど (吾妻)東吾妻町 (相原) 石道標 高50㎝,幅11.5」㎝ 弘化3(1846)   上州の近世石造物1p295   (正面)「右 はるな道」   -
  須賀尾の道標2 すがお (吾妻)東吾妻町 大峰神社・参道口 石道標 高228㎝(うち、塔身199㎝),幅78㎝ 嘉永7(1854)   上州の近世石造物1p294   (正面)「是より/大峰山」  
  原町の道標 はら (吾妻)東吾妻町 (新中) 石道標 高195㎝(うち、塔身155㎝),幅26㎝ 慶応3(1867)   上州の近世石造物1p295   「百番觀世音道/瀧峩山成田不動尊、從是/七丁」、「従是 岩櫃山江 五十丁」    
  新巻の道標 あらまき (吾妻)東吾妻町   石道標(自然石) 高75㎝,幅60㎝ 江戸期   上州の近世石造物1p293   (正面)「右 江戸/左 く王んおん、道」/「江戸」の標記は江戸期の可能性   -
  岩井の道標 いわい (吾妻)東吾妻町 田中・入口、地蔵尊・前 石道標 高70㎝,幅45㎝ 江戸期   上州の近世石造物1p293   (正面)「右 江戸/左 ぜんかう寺、道」/「江戸」の標記は江戸期の可能性   -
写真 板倉の庚申塔道標 いたくら (邑楽)板倉町 実相寺 石道標(駒型) 高135㎝(うち、台石24㎝),幅53㎝,厚30㎝ 元文5(1740)   上州の近世石造物1p32・311/WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約 (台石正面)「左 こ加」/正面に青面金剛立像(日月、六手合掌、二鶏、邪鬼、三猿)の陽刻 2
  飯野の供養塔道標1 いいの (邑楽)板倉町 (新村) 石道標 高85㎝,幅30㎝ 宝暦元(1751)   上州の近世石造物1p311   「右 たかとり道」、「左 加わ又道」/正面に「念佛百万遍供養」と陰刻  
写真 海老瀬の如意輪観音像道標1 えびせ (邑楽)板倉町 西霊園墓地 石道標(隅丸型) 高134㎝(うち、台石28㎝),幅34㎝,厚25㎝ 宝暦6(1756)   上州の近世石造物1p311/WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約 (台石正面)「右 岩舟道/左ハ 野道」/正面に「十九夜念佛供養」と陰刻 3
  離の供養塔道標 はなれ (邑楽)板倉町 宝性院・入口 石道標 高60㎝,幅29㎝ 明和7(1770)   上州の近世石造物1p311 移設? 「ひだりは の道」、「向 たてばやし」/正面に「光明眞言供養塔」と陰刻 2 -
写真 岩田の題目塔道標 いわた (邑楽)板倉町 水郷公園入口・交差点南 石道標(蒲鉾型) 高122㎝(うち、台石19㎝),幅25㎝,厚18㎝ 安永9(1780)   上州の近世石造物1p311/WEB(鎌倉街道上道) 移設/刻字がかなり磨耗 (右面)「北 い王ふねみち」、(左面)「西 たてばやしみち」/正面に「水神塔」と陰刻 2
写真 飯野の地蔵道標 いいの (邑楽)板倉町 中新田集会所
(浅間神社・入口)
石道標(蒲鉾型) 高70㎝,幅30㎝,厚21㎝ 天明4(1784)   上州の近世石造物1p311/WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約 (右面像下)「右 たてはやし」、(左面像下)「左り 加ハま多」/正面・右面・左面の上半分に地蔵立像(光背、蓮台)の浮彫 2
  飯野の供養塔道標2 いいの (邑楽)板倉町 浅間神社・入口 石道標 高78㎝,幅26㎝ 寛政4(1792)   上州の近世石造物1p311 移設? 「みぎ こ加ミち」、「ひだり いわふねみち」/正面に「念/佛、百萬遍供養塔」と陰刻 2
写真 西岡の如意輪観音像道標 にしおか (邑楽)板倉町 南光院・門前 石道標 高142㎝(うち、台石26+35㎝),幅36㎝,厚36㎝ 寛政5(1793)   上州の近世石造物1p311/WEB(鎌倉街道上道) 移設/Cブロック塀に右面・背面が接近 (上段台石正面中央)「向 ふじ岡道」/(上段台石右面中央)「右 さの道」、(上段台石左面中央)「左 たて林道」/正面頂部を円形に浅く削り、小さな如意輪観音の半跏坐像(蓮台)を浮彫りし、その下に「奉納、秩父/西國/坂東、百番供羪」と陰刻 3
  除川の馬頭観音像道標 よけがわ (邑楽)板倉町 花蔵院 石道標 高69㎝,幅29㎝ 享和元(1801)   上州の近世石造物1p312 移設 「はなれみち」、「のみち」/正面に馬頭観音○像(詳細不明) 2
  海老瀬の道祖神道標 えびせ (邑楽)板倉町 神明宮・前 石道標 高56㎝,幅24㎝ 文化3(1806)   上州の近世石造物1p311   「右、はなれ/ふじお加、道」、「左、いたくら/たてばやし、道」/正面に
「道祖神」と陰刻
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  下五箇の供養塔道標 しもごか (邑楽)板倉町 (中妻・土岐棒) 石道標 高103㎝,幅36㎝ 文化5(1808)   上州の近世石造物1p312   「いひづみ 三ち/いひの 三ち」(?)/正面に「坂東/西國/秩父、觀音供養」と陰刻  
写真 飯野の馬頭観音道標 いいの (邑楽)板倉町 地蔵院・入口 石道標 高80㎝(うち、台石14㎝),幅28㎝,厚16㎝ 文化10(1813)   上州の近世石造物1p311/WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約 (右面)「左 古河 三里」、(左面)「右 ふ志を加 二里八丁」/正面に「馬頭觀世音菩薩」と陰刻 2
写真 板倉の道標 いたくら (邑楽)板倉町 板倉町役場・西、雷電神社・入口 石道標 高172㎝(うち、台石30㎝),幅42㎝,厚31㎝ 文化11(1814)   上州の近世石造物1p312/WEB(鎌倉街道上道) 原位置 (正面右上隅)「是より」、(正面)「ら以でんミち」 1
  飯野の馬頭観音像道標 いいの (邑楽)板倉町 (新村) 石道標 高51.5㎝,幅27㎝ 文化14(1817)   上州の近世石造物1p312 移設→墓地 (右面?)「右 こ加へ 二里」、(左面?)「左 たてばやし 二里」/正面に馬頭観音○像(詳細不明) 3
  大高嶋の供養塔道標 おおたかしま (邑楽)板倉町 大徳院・墓地 石道標 高130㎝,幅40㎝ 文政11(1828)   上州の近世石造物1p312 移設 「南 大ごい 加しざわ」、「西、 加わまた/たてばやし」、「北 ふじおか」、「東 こが」/正面に「普門品供養」と陰刻 3
写真 離の題目塔道標 はなれ (邑楽)板倉町 宝性院・墓地入口 石道標 高70㎝,幅30㎝,厚29㎝ 文政12(1829)   上州の近世石造物1p312/WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約/石材全体が劣化 (右面)「左、たて者やし/以多く良」(=板倉)/正面に「二十三夜塔」と陰刻 3 -
写真 除川の庚申塔道標 よけがわ (邑楽)板倉町 花蔵院・入口 石道標 高97㎝(うち、台石26㎝),幅35㎝,厚31㎝ 天保3(1832)   上州の近世石造物1p312/WEB(鎌倉街道上道) 移設・集約/下部埋設 (台石正面右端)「西 たて者や…」、(同左端)「南 のみち」/正面に「庚申塔」と陰刻、同頂部に“日月”の線刻 2
  細谷の馬頭観音像道標1 ほそや (邑楽)板倉町 集会所・前 石道標 高57㎝,幅24㎝ 天保4(1833)   上州の近世石造物1p312   「右 いたくら」、「左 のみち」/正面に馬頭観音○像(詳細不明)   -
  細谷の馬頭観音像道標2 ほそや (邑楽)板倉町 (曽根) 石道標 高55㎝,幅21㎝ 天保5(1834)   上州の近世石造物1p312   「右 らいでん道/左 の道」/正面に馬頭観音○像(詳細不明)   -
  内蔵新田の道標 うちくらしんでん (邑楽)板倉町 弁天様・北の畑 石道標 高89㎝,幅26㎝ 天保9(1838)   上州の近世石造物1p312   (正面)「右 館林道/左 ふ志をか いわふね道」  
  飯野の庚申塔道標 いいの (邑楽)板倉町 長養寺・入口 石道標 高127㎝,幅49㎝ 天保14(1843)   上州の近世石造物1p313 移設? (台石正面?)「南 くりはし/西 多てばやし/東 古可」/正面に「庚申塔」と陰刻 2
  岩田の供養塔道標 いわた (邑楽)板倉町 (原宿上)三叉路 石道標 高89㎝,幅29㎝ 弘化4(1847)   上州の近世石造物1p312 下部埋設→台石の道標部は見えない (台石)「南 いいの たかとり」「西 せんづい かわまた」「西 たてばやし」「東 うたくら こが」/正面に「奉納、秩父/四國/坂東、百番供養塔」と陰刻 4
  飯野の廻国塔道標 いいの (邑楽)板倉町 (本上) 石道標 高119㎝,幅34㎝ 嘉永6(1853)   上州の近世石造物1p312   「右 たてばやし」、「左 加はまた、「東 こ加」/正面に「奉/納、坂東/西國/秩父、百番觀世音」と陰刻  
写真 岩田の如意輪観音像道標 いわた (邑楽)板倉町 円満寺 石道標 高154㎝(うち、台石32+13㎝),幅39㎝,厚30㎝ 嘉永7(1854)   上州の近世石造物1p313/WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約 (台石右面)「右、い多久ら/こ可”」/正面を火灯窓型に浅く削り込み、上半分に如意輪観音の半跏坐像を陽刻、その下に「十九夜供養塔」と陰刻 2
写真 海老瀬の如意輪観音像道標2 えびせ (邑楽)板倉町 頼母子公民館 石道標 高143㎝(うち、台石30㎝),幅39㎝,厚38㎝ 安政5(1858)   上州の近世石造物1p313/WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約 (台石正面?)「右 ざは/向 ふじ於加/左 こ加」/正面を火灯窓型に浅く削り込み上半分に如意輪観音の半跏坐像(蓮台)を浮彫りし、その下に「十九夜」と陰刻/その下に蓮台と敷茄子 2
写真 海老瀬の庚申塔道標1 えびせ (邑楽)板倉町 賀茂神社・入口 石道標 高90㎝(うち、台石22㎝),幅36㎝,厚32㎝ 万延元(1860)   上州の近世石造物1p312/WEB(鎌倉街道上道) 移設/台石正面の下部が剥離し刻字の半分が消滅〔資料では、「右 の道/向 渡舩場/左 藤岡」〕 (台石正面)「右 …道/向 渡舩…/左 藤…」/正面に大きく「庚申塔」と陰刻 3
  海老瀬の庚申塔道標2 えびせ (邑楽)板倉町 愛宕神社 石道標 高91㎝,幅27.5㎝ 万延元(1860)   上州の近世石造物1p313 移設 (台石正面)「向/はなれ/さの」、(台石右面)「此方/いたくら/たかとり/たてばやし」、(台石左面)「此方/ふじおか/岩ふ祢」/正面に「庚申塔」と陰刻 2
写真 岩田の庚申塔道標 いわた (邑楽)板倉町 円満寺 石道標 高95㎝,幅45㎝,厚20㎝ 万延元(1860)   上州の近世石造物1p312/WEB(鎌倉街道上道) 移設、集約 (右面)「右、たかとり/さ者」、(左面)「左 ら以でん道」/正面に大きく「庚申」と陰刻 2
  岩下の庚申塔道標 いわした (邑楽)板倉町 (山浦) 石道標 高75.5㎝,幅26㎝ 万延元(1860)   上州の近世石造物1p313   「東 いたくら/南 いゝの/北 さの」/正面に「庚申」と陰刻   -
  鶉の供養塔道標 うずら (邑楽)邑楽町 恩林寺 石道標 高150㎝,幅35㎝ 宝暦10(1760)   上州の近世石造物1p316 移設 (正面最下部右)「右 館林」、(同左)「左 佐野」/正面に「十六日念佛供養」と陰刻 2
  石打の供養塔道標 いしうち (邑楽)邑楽町 慶徳寺 石道標 高130㎝,幅26㎝ 宝暦10(1760)   上州の近世石造物1p315 移設 (正面右下)「右 たてばやし」、(同左下)「左 あ志かゝ」/正面中央に「念佛供養」と陰刻 2
  赤堀の供養塔道標1 あかぼり (邑楽)邑楽町 (十軒・出戸) 石道標 高130㎝,幅35㎝ 安永6(1777)   上州の近世石造物1p316   「右 たてばやし 一里二十六丁」、「左 あしかがへ 三里」/正面に「西國坂東秩父順禮供養塔」と陰刻  
  中野の庚申塔道標1 なかの (邑楽)邑楽町 (鶉新田)揚水上・南 石道標 高50㎝,幅20」㎝ 天明8(1788)   上州の近世石造物1p315   「右 あかいわ」/正面に「庚申塔」と陰刻   -
  中野の庚申塔道標2 なかの (邑楽)邑楽町 (千原田) 石道標 高58㎝,幅27㎝ 寛政9(1797)   上州の近世石造物1p315   「西 太田 二り半」、「東 たてばやし 一り半」/正面に「庚申塔」と陰刻   -
  赤堀の供養塔道標2 あかぼり (邑楽)邑楽町 (古家) 石道標 高118㎝,幅33㎝ 享和元(1801)   上州の近世石造物1p316 移設? 「右 こかい めぬま道」、「左 あかいわ くまがい道」/正面に「奉順禮西國坂東秩父百番供養塔」と陰刻 2
  狸塚の題目塔道標1 むじなづか (邑楽)邑楽町   石道標 高110㎝,幅37㎝ 享和4(1804)   上州の近世石造物1p315   (右面)「五かかし」、(左面)「たてばやし」/正面中央に「不退妙典爲菩薩」と陰刻  
  狸塚の題目塔道標2 むじなづか (邑楽)邑楽町 長良神社 石道標 高61㎝,幅29㎝ 文化元(1804)   上州の近世石造物1p316 移設 「たてばやし」、「あしかがみち」/正面に「讃岐國/象頭山、金毘羅大」と陰刻 2 -
  篠塚の題目塔道標 しのづか (邑楽)邑楽町 (坪谷) 石道標 高70㎝,幅30㎝ 文政9(1826)   上州の近世石造物1p316   「たてばやし 赤岩道」、「こいつみ/太田」/正面に「弁財天」と陰刻  
  狸塚の道標 むじなづか (邑楽)邑楽町 長良神社 石道標 高120㎝,幅38㎝ 天保3(1832)   上州の近世石造物1p315 移設 「右 こいつみ道」、「左、あかいわ/五賀ゝし道」 2
  狸塚の庚申塔道標 むじなづか (邑楽)邑楽町 大日様 石道標 高84㎝,幅27㎝ 天保13(1842)   上州の近世石造物1p315 移設 「右 たてばやし」、「左 やぎやなだ道/正面に「庚申塔」と陰刻 2
  中野の庚申塔道標3 なかの (邑楽)邑楽町 (十三坊塚) 石道標 高73㎝,幅23㎝ 万延元(1860)   上州の近世石造物1p315   「西、こいづみ/あかいわ」、「南、仙之宮/やま」、「北、八木/足利」/正面に「庚申」と陰刻   -
  寄木戸の地蔵道標1 よりきど (邑楽)大泉町 宝寿院 石道標 高56㎝,幅29㎝ 寛保2(1742)   上州の近世石造物1p315 移設、集約 「右 山神道」/正面に地蔵○像(詳細不明) 3 -
  寄木戸の地蔵道標2 よりきど (邑楽)大泉町 宝寿院 石道標 高54㎝,幅27㎝ 寛保2(1742)   上州の近世石造物1p315 移設、集約 「左 小泉」/正面に地蔵○像(詳細不明) 3 -
  古海の地蔵道標1 こかい (邑楽)大泉町 観音堂 石道標 高67.5㎝,幅19㎝ 寛延2(1749)   上州の近世石造物1p315 移設 (右面)「右ハ おじまミち」、(左面)「左ハ めのマミち」/正面頂部に地蔵立像の陽刻、その下に「寒念佛供養塔」と陰刻 2
  下小泉の馬頭観音道標1 しもこいずみ (邑楽)大泉町 正善寺・門前 石道標 高77.5㎝,幅22㎝ 安永6(1777)   上州の近世石造物1p315 移設? (正面最下部?)「右 かしま/左 古戸」/正面中央に「(梵字)馬頭觀世音菩薩念佛」と陰刻 2 -
  下小泉の馬頭観音道標2 しもこいずみ (邑楽)大泉町 正善寺・門前 石道標 高105㎝,幅37㎝ 文化14(1817)   上州の近世石造物1p315 移設? 「赤岩道」「西 尾島」「南 古海」「北 □□」/正面に「(梵字)馬頭觀世音菩薩」と陰刻 2
  古海の地蔵道標2 こかい (邑楽)大泉町 観音堂 石道標 高75㎝ 江戸期   上州の近世石造物1p315 移設 「右ハ 福じまミち」、「左ハ めぬまミち」/正面頂部に地蔵立像を陽刻、その下に「寒念佛供養」と陰刻/「ミち」の標記は江戸期の可能性 2 -
  舞木の庚申塔道標1 まいぎ (邑楽)千代田町 (中島)薬師堂 石道標 高131㎝(うち、塔身95㎝),幅37㎝ 享保9(1724)   上州の近世石造物1p314 移設 (正面右下)「右 太田道」、(同左)「左 尾嶋道」/正面中央に「奉造立青面金剛供養塔」と陰刻 2
  舞木の庚申塔道標2 まいぎ (邑楽)千代田町 (中島)薬師堂 石道標 高123㎝(うち、塔身96㎝),幅43㎝ 宝暦5(1755)   上州の近世石造物1p314 移設 (台石正面?)「右 こいづみ/おゝた/左 おじま」/正面に青面金剛立像(詳細不明) 2
  新福寺の馬頭観音道標 しんぷくじ (邑楽)千代田町 宝林寺 石道標(自然石) 高73㎝,幅51㎝ 安永2(1773)   上州の近世石造物1p32・314 移設 (正面下部)「右 川また/左 たて林」/正面上部に「(梵字)馬頭観世音」と陰刻 2 -
  舞木の庚申塔道標3 まいぎ (邑楽)千代田町 (中島)薬師堂 石道標 高87㎝(うち、塔身68㎝),幅39㎝ 寛政12(1800)   上州の近世石造物1p314 移設 「右、こいずみ/おおた、道」、「左 おじま道」/正面に「庚申」と陰刻 2
  赤岩の題目塔道標 あかいわ (邑楽)千代田町   石道標 高85㎝,幅21㎝ 安政2(1855)   上州の近世石造物1p314   (正面右)「ひだり さかまき ぎやうだ」、(同左)「めぬま くまがや」/正面に「神木魅」と陰刻  
  江口の庚申塔道標 えぐち (邑楽)明和町 普済寺 石道標 高136㎝(うち、塔身94㎝),幅53㎝ 寛政9(1797)   上州の近世石造物1p313 移設 「飯野 壹里十八丁」、「川俣江 二十六丁」/正面に「庚申」と陰刻 2
  千津井の題目塔道標 せんづい (邑楽)明和町 密乗院 石道標 高132㎝(うち、塔身90㎝),幅42㎝ 寛政12(1800)   上州の近世石造物1p313 移設 「東、飯野江 一り/古河江 三り」、「西 川又江 一り」、「北 館林江 一り半」/正面に「供養道師香天」と陰刻 2
  大輪の供養塔道標 おおわ (邑楽)明和町 松林寺・無縁供養塔内 石道標 高100㎝(うち、塔身82㎝),幅28㎝ 文化13(1816)   上州の近世石造物1p313 移設 「右 たてばやし」、「左 ぎようだまち」/正面に「奉順禮、秩父/坂東、西國百番供養塔」と陰刻 3
  斗合田の馬頭観音道標1 とごうた (邑楽)明和町   石道標 高62㎝,幅24㎝ 文政7(1824)   上州の近世石造物1p32・313 移設 (右面)「右、さの/たてばやし/阿しかが」、(左面)「左、いいのかし/くり者し/ふとふか」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 2 -
  斗合田の馬頭観音道標2 とごうた (邑楽)明和町 天満宮・前 石道標 高100㎝,幅37㎝ 天保13(1842)   上州の近世石造物1p313   「北 さの」、「東 こが」、「西 たてばやし」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻  
  梅原の庚申塔道標 うめばら (邑楽)明和町 光明寺 石道標 高132㎝(うち、塔身74㎝),幅33㎝ 安政7(1860)   上州の近世石造物1p313 移設 「川又 十二丁/いゝ乃へ 二り」、「はにふへ 二十丁/たてはやしへ 一里半」/正面に「庚申供養塔」と陰刻 2
写真 吹上の石樋 ふきあげ・
いしとい
(甘楽)甘楽町 雄川→雄川堰 石桁橋(水路) 長6m(1枚岩) 慶応元(1865)   町教委 水が相当漏れている 国内で唯一の現役の石桁水路橋/約250人が7ヶ月かけて造った/雄川から引き入れた水を雄川堰へ供給している 1
写真 雄川堰 おがわ (甘楽)甘楽町   用水路 長約9000m
(大堰部分3390m)
寛文12(1672)   町教委/WEB 現在も利用されている/石積も残るが、コンクリート改修されている部分もある/石積は当時のものがどれぐらい残るかは不明 織田信長の嫡男の信良により整備/飲水をはじめ、生活用水や下流の水田地帯の灌漑用水としても利用された/今後、大堰部分を町重文に登録予定 2
  青倉の馬頭観音像道標 あおくら (甘楽)下仁田町 (白岩)青岩寺墓地・上方 石道標 高55㎝,幅32㎝ 寛政3(1791)   上州の近世石造物1p291   (右面?)「右 小沢」、(左面?)「左 山道」/正面に馬頭観音立像を陽刻
(詳細不明)
 
  南野牧の馬頭観音道標 みなみのまき (甘楽)下仁田町 神津牧場 石道標 高150㎝ 嘉永5(1852)   上州の近世石造物1p291   (台石正面)「右 香取/左 志賀」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻」  
  小沢の不動明王像道標 おざわ (甘楽)南牧村 竜明寺 石道標(丸彫) 高119㎝(うち、塔身95㎝),幅42㎝ 元禄7(1694)   上州の近世石造物1p291 移設 (台石正面)「是より 川むかい くろきたみち」/台石上に不動明王坐像
(迦楼羅焔なし)の丸彫を載せる/17世紀の道標
2
  星尾の題目塔道標 ほしお (甘楽)南牧村 日影水浴屋 石道標 高110㎝,幅28㎝ 安永4(1775)   上州の近世石造物1p291   「是より/ぶどう道 十八丁」/正面に「矜迦羅童子/制叱迦童子」(不動明王の侍者)の陰刻  
  小沢の道標 おざわ (甘楽)南牧村 中之萱一本松 石道標(自然石) 高140㎝(うち、塔身120㎝),幅48㎝ 嘉永元(1848)   上州の近世石造物1p27・291 移設、集約 (正面)「従是、下仁田へ 壹り/黒滝山へ 壹り半/一ノ宮へ 三り/妙義山へ 四り」 2
  熊倉の題目塔道標 くまくら (甘楽)南牧村   石道標 高107㎝,幅27㎝ 元治元(1864)   上州の近世石造物1p291 移設? 「峠峰 一り十二丁/甲府 二十二り/善光寺 二十五り/高崎 十二り/高野町 四り半/江戸 三十六り」/正面に「大黒天」と陰刻 2
  広馬場の庚申塔道標 ひろばば (北群馬)榛東村   石道標 高50㎝,幅25㎝ 明和5(1768)   上州の近世石造物1p289   (正面下部?)「従是、右 水沢/左 榛名」/正面に「庚申」と陰刻   -
  広馬場の供養塔道標 ひろばば (北群馬)榛東村 宮昌寺 石道標 高142㎝(うち、塔身112㎝),幅70㎝ 享和元(1801)   上州の近世石造物1p289 移設 (右面?)「右 こくぶんじ 一里/左 まいばし 二里」、(左面?)「右 はるな 三里/左 志らいは 二里」/正面に「奉納、四國坂東/西國湯殿/秩父中國、供養塔」と陰刻 2
  上野田の一里塚 かみのだ (北群馬)吉岡町 <三国街道> 一里塚(1基)   江戸初期 町史跡 町教委 塚木の榎は2代目   3
  大久保の道標
(佐渡奉行街道道しるべ)
おおくぼ (北群馬)吉岡町 <佐渡奉行街道> 石道標(自然石) 高125㎝(うち、塔身100㎝),幅90㎝ 寛政12(1800) 町重文 町教委/上州の近世石造物1p27・289 移設 (正面右)「右 ゑちご」、(その右下)「志ぶ川」、(正面左)「左 い可本」(=伊香保」、(その左下)「みづさは」 2
写真 小倉の猪土手 おぐら (北群馬)吉岡町   猪垣(土手) 長約50-100m 江戸後期以前   町教委 道路脇に保存されている 当時はより山手側に古土手と呼ばれる猪土手があり、二重の猪土手となっていたと考えられる 4 -
  小泉の道祖神道標 こいずみ (佐波)玉村町 飯玉神社 石道標(自然石) 高78㎝,幅30㎝ 安永8(1779)   上州の近世石造物1p252・307 移設 (正面下部)「右 下之宮道/左 いゝくら道」/正面上部に「道祖神」と陰刻 2 -
  福島の道標 ふくじま (佐波)玉村町 文化センター 石道標(浅間石) 高77㎝,37㎝角 文政9(1826)   玉村町誌別巻9p318/上州の近世石造物1p307 移設 (正面)「式内十二社下宮/火雷神社道」、(右面)「從是 十八丁」 2 -
  五料の題目塔道標 ごりょう (佐波)玉村町 常楽寺 石道標(尖頭角柱) 高53㎝,幅26㎝ 天保15(1844)   上州の近世石造物1p307 移設 (右面?)「右、本庄/江戸、道」、(左面?)「左 五料道」/正面に「二十三夜塔」と陰刻 2 -
  福島の馬頭観音道標 ふくじま (佐波)玉村町   石道標(自然石) 高55㎝,幅55㎝ 安政4(1857)   上州の近世石造物1p307   (正面下部)「西ハ 玉むら/北ハ 舟道/南東 之道」(=野道)/正面に
「馬頭尊」と陰刻
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写真 五料関所の井戸 ごりょう (佐波)玉村町   石井戸   元和2(1616)以降 町史跡 町教委/WEB 周囲には柵、井戸には蓋がされており、井戸そのものは見ることができない 五料関所の遺構として残される

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      (多野)上野村                    
  塩沢の道標 しおざわ (多野)神流町 (高山岩下) 石道標   明和5(1768)   上州の近世石造物1p27・290 移設/仮置き (正面右)「右ハ みやうぎみち」、(同左)「左ハ 山道」 3 -
  生利の地蔵道標 しょうり (多野)神流町 (戸野)火納坂尾根 石道標 高106㎝(うち、塔身65㎝),幅33㎝ 明和5(1768)   上州の近世石造物1p290   (正面右?)「右 秩父 長久保」、(同左?)「左 道方 上吉田みち」/正面に地蔵○像を陽刻(詳細不明)  
  青梨の題目塔道標 あおなし (多野)神流町 矢久峠・頂上 石道標 高96㎝,幅44㎝ 天保7(1836)   上州の近世石造物1p290 原位置? (正面下部?)「右 あいはら/左 よのふ」/正面に「大山祇大神」と陰刻 1
  菅沼の道祖神像道標 すがぬま (利根)片品村   石道標 高70㎝(うち、塔身55㎝),幅22㎝ 享保15(1730)   上州の近世石造物1p237   (正面○)「右ハ おがわ道/左ハ つちいで道」/正面○に双体道祖神像を陽刻  
  幡谷郷倉 はたや (利根)片品村 (幡谷) 郷倉
(土造切妻瓦葺)
  文化8(1811) 村重文 WEB 原位置?/屋根は改変 幕府の食糧貯蔵の命を受け、代官の命令で一字に一棟が建てられた
(10石を格納)
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  上而郷倉 うわで (利根)片品村 (越本) 郷倉
(土造切妻瓦葺)
  文化8(1811) 村重文 WEB 複数回移設/屋根は改変 同上 3
  天神の道祖神像道標 てんじん (利根)川場村 (竹鼻)バス停・前 石道標(駒型) 高65㎝,幅31.5㎝ 寛延2(1749)   上州の近世石造物1p239   (正面左上)「右ハ 沼田道/左ハ ゆノ原道」、(正面下部)「西 三みね道」/正面○に双体道祖神像(抱肩・握手)を陽刻  
  荻室の道祖神像道標 おぎむろ (利根)川場村 (屋原)生活センター 石道標(舟型) 高86.5㎝(うち、塔身63.5㎝),
幅34.5㎝
宝歴6(1756)   上州の近世石造物1p239   (正面下部)「右 高平/左 高野原」/正面上に双体道祖神像(抱肩・握手、御幣)を陽刻  
  生品の馬頭観音像道標 なましな (利根)川場村 (高根山) 石道標 高71㎝(うち、塔身52㎝),幅23.5㎝ 明和元(1764)   上州の近世石造物1p302 原位置? (右面左)「是より右、たつゆわ/加わばゆ、道」、(左面)「是より、左 なましな/南 ぬまた、みち」/正面に馬頭観音○像(一面二臂)の陽刻 1
  天神の馬頭観音像道標 てんじん (利根)川場村 (善林坊) 石道標(舟型) 高92㎝(うち、塔身76㎝),幅38㎝ 明和4(1767)   上州の近世石造物1p302 移設? (光背右下)「右ハ 秋塚道」、(同左下)「左ハ 作場道」/光背中央に馬頭観音○像(一面二臂)の陽刻 2
  川場湯原の馬頭観音道標 かわばゆばら (利根)川場村 (木賊) 石道標(自然石) 高115㎝,幅41㎝ 安永8(1779)   上州の近世石造物1p302   (正面右下)「右 はなさく」/正面中央に「馬頭觀世音菩薩」と陰刻  
  天神の馬頭観音道標 てんじん (利根)川場村 (宮前) 石道標 高62.5㎝,
幅23.5㎝
寛政9(1797)   上州の近世石造物1p302 移設? (左面)「あきづ加みち」/正面に「馬頭觀世音」と陰刻 2 -
  谷地の馬頭観音道標1 やち (利根)川場村 (吉芦) 石道標(自然石) 高143㎝(うち、塔身107㎝),幅60㎝ 文政4(1821)   上州の近世石造物1p302   (正面最下部)「かんをんみち」/正面に「馬頭觀音大士」と陰刻  
  生品の道標 なましな (利根)川場村 (北原) 石道標 高94㎝,幅23㎝ 天保3(1832)   上州の近世石造物1p301   (正面)「北 東入は奈さくみち」、(左面)「右 加わば、ゆ志ゆく/をんせん、みち」、(裏面)「左、加志やうざん/みつみ祢、みち」  
  谷地の馬頭観音道標2 やち (利根)川場村 (上界戸)十二山宮・奥 石道標 高50㎝,幅26.5」㎝ 天保11(1840)   上州の近世石造物1p29・302   (正面右上)「右 かんのん」、(同左上)「左 やまみち」/正面下部に「馬頭大士」と陰刻   -
  生越の道標1 おごせ (利根)昭和村 (清水) 石道標 高66㎝ 正徳5(1715)   上州の近世石造物1p304   (正面)「右 あかぎ山道/左 かんをん様」   -
  生越の道標2 おごせ (利根)昭和村 (清水) 石道標 高60㎝ 明和2(1765)   上州の近世石造物1p304   (正面)「右 あかぎ道/左 かんぜをん道」   -
  三国峠の道 みくに (利根)みなかみ町 三国路自然歩道<三国道> 道路   慶長3(1598)     自然遊歩道   2
  上津の道祖神像道標1 かみづ (利根)みなかみ町 (上区) 石道標(駒型) 高100㎝(うち、塔身78㎝),幅47㎝ 寛保2(1742)   上州の近世石造物1p243 左首上欠損 (正面下部)「右 やま道/左 江戸道」/正面上に双体道祖神像を陽刻 3
  上津の道祖神像道標2 かみづ (利根)みなかみ町 (下区) 石道標(駒型) 高67㎝(うち、塔身55㎝),幅36㎝ 寛保2(1742)   上州の近世石造物1p242   (正面下部)「右 中山道」/正面上に双体道祖神像を陽刻  
  須川の道標 すかわ (利根)みなかみ町 (上) 石道標 高102㎝,幅38㎝ 寛保3(1743)   上州の近世石造物1p304   (正面)「駒形観音道」、(同最下部?)「十/八/丁/目」  
  下津の如意輪観音像道標 しもづ (利根)みなかみ町 (中村) 石道標 高135㎝ 安永9(1780)   上州の近世石造物1p303   (台石正面?)「右 新田 本宿 中山/左 三嶋權現」/正面に如意輪観音の半跏坐像を陽刻  
  下津の聖観音像道標 しもづ (利根)みなかみ町 (中村) 石道標 高128㎝ 安永9(1780)   上州の近世石造物1p303   (左面右?)「右 中山、新田/本宿」、(同左?)「左 三嶋權現」/正面に正観音○像を陽刻  
  羽場の道標 はば (利根)みなかみ町 (上羽場) 石道標 高85㎝,幅38㎝ 寛政元(1789)   上州の近世石造物1p304   (正面)「右 とねいり/左 やま」  
  猿ヶ京の道標 さるがきょう (利根)みなかみ町 (中村) 石道標 高90㎝,幅29㎝ 天明元(1781)   上州の近世石造物1p304   (正面)「神明宮参道」、(裏面)「雨宮参詣道」  
  石倉の道祖神像道標 いしくら (利根)みなかみ町 武尊神社 石道標 高91㎝(うち、塔身80㎝),幅49㎝ 享和元(1801)   上州の近世石造物1p243 移設 (正面下部)「右 ふじはら道/左 □□」/正面上に双体道祖神像を陽刻 2
  月夜野の庚申塔道標 つきよの (利根)みなかみ町 (大額) 石道標 高107㎝ 文政3(1820)   上州の近世石造物1p303   (正面下部)「右 ふじ原/左 みくに」/正面に「庚申塔」と陰刻  
  上牧の地蔵道標 かみもく (利根)みなかみ町 (吉平)炭鉱跡・辻 石道標(舟型) 高95㎝ 天保2(1831)   上州の近世石造物1p303   (光背右)「右 やまみち」、(同左)「左 さやまみち」/光背中央に地蔵○像の陽刻  
  下津の供養塔道標 かみもく (利根)みなかみ町 (中村)薬師堂 石道標 高162㎝ 天保13(1842)   上州の近世石造物1p303 移設 (左面?)「右 村道 小川島/左 三國道 須川宿」/正面に「百番供養塔」と陰刻 2
  上牧の道標 かみもく (利根)みなかみ町 (吉平)炭鉱跡・辻 石道標 高75㎝ 文久元(1861)   上州の近世石造物1p303   (正面右)「右 やまみち」、(同左)「左、さやま/加志ゆう山、道」   -
  羽場の道標 はば (利根)みなかみ町 廻戸<三国街道> 石道標 高135㎝ 江戸期   上州の近世石造物1p304 原位置 (正面)「右 ゑど道/左 ぬまた道」/「江戸」の標記は江戸期 1
  布施の石橋供養塔 ふせ (利根)みなかみ町 (箕輪) 石碑(道標兼) 高80㎝,幅22㎝ 安永6(1777)   上州の近世石造物1p304   (正面)「石橋供養塔」、(正面左)「子のごんげん入口 十八丁」  
  四ヶ村用水 よつがむら (利根)みなかみ町 利根川 用水路 長約13㎞ 江戸初期   WEB C改修 第4代沼田藩主・真田信政により築造/「水がなければ全ての命は保てない」という農民に対する慈しみの姿勢 4
みなかみ町南部の猪土手   (利根)みなかみ町   猪垣(土手) 長約10㎞
→2㎞以上
江戸期?   WEB 下津、上津、師田、布施等の標高約600-700mの間に明瞭に残る 県下で数多く造られた猪垣の代表的存在 1
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       

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