街道・渡し場常夜灯
都道府県別データ一覧にある高さ4m以上の街道・渡し場常夜灯 (常夜灯は高さ未計測のものが多いため、リストからの漏れは非常に多いと思われる)(社寺内の献灯は除外)
写真
名称
ふりがな
所在地
付帯情報
形式
諸元
建造年
文化財
出典
保存状態
価値判断に係る事項
保存
評価
価値
評価
郷原の常夜灯
ごうばら
群馬/安中市
<中山道・妙義道>
石常夜灯(道標兼)
高約5m
文化5(1808)
市重文
上州の近世石造物1p278
移設
(竿正面)「白雲山」、(台石正面)「妙/義/道」/猫脚/ほぼ立方体に近い4段の石基壇
2
A
榛名湖町の常夜灯
(天神峠の石燈籠)
はるなこ
群馬/高崎市
<天神峠>
石常夜灯
高7m余
文化12(1815)
市有形民俗
榛名歴史民俗資料館/WEB
昭和57移設
(竿正面)「榛名山之神湖」、(竿右面)「おく山の いわがき沼の 水こもり に 恋やわたらむ あふよしをなみ」、(竿左面)「たつのいる 石垣ぬまの 菖蒲草 ちぎりてひかむ 君が為めにも」/榛名湖を望む天神峠の頂上に江戸本所の豪商・塩原太助が寄進した大灯籠/竿石は角柱/2段になった石基壇
2
A
旧滝坂御門の常夜灯
たきさかごもん
群馬/沼田市
神明宮
石常夜灯
高4.71m
嘉永5(1852)
市史跡
WEB
明治40に移設
中町の旅人宿業・木榑屋七左衛門が、旅人の便を図るとともに弁財天に対する信仰から、滝坂曲り角の高台に常夜灯を建立/高い石基壇の上に猫脚付きの高1.91mの本体を載せる
2
A
田所町の常夜灯
(深谷宿西の常夜灯)
たどころ
埼玉/深谷市
<中山道>
石常夜灯
高
約
4m
天保11(1840)
市有形
WEB(埼玉県の橋供養碑)/現地解説板
原位置
中山道の宿場で最大級の常夜灯/宝珠と笠の間の石に「○三」の富士講の印、火袋にも「三」の開口部/中台に浮彫り/猫脚、高さ1.7mの基壇石垣(2段)あり
1
A
上富の石尊常夜灯
かみとめ
埼玉/(入間)三芳町
(中下)県道56号・脇
(三富開拓地割遺跡)
石常夜灯
高4.27m
天保4(1833)
WEB(埼玉県の橋供養碑)
保存状態良好
(竿)「石尊大權現」/笠裏面、中台に装飾/石基壇あり/石尊(大山阿夫利神社)講中による雨乞い祈願の建立→雨降山(大山阿夫利神社)への道しるべを兼ねていると思われる
1
A
箱根ケ崎の常夜灯
はこねがさき
東京/(西多摩)瑞穂町
狭山池公園・厳島神社前
<日光脇往還>
石常夜灯
高約5m
慶応元(1865)
現地解説板
/WEB(鎌倉街道上道)
関東大震災で倒壊→火袋・中台を更新して昭和61に修復・移設
(下段台石正面)「村内安全」/台石4面に中国の故事に因んだ見事な浮彫/巨大すぎる笠石に小さすぎる竿石、それを支えるさらに小さい猫脚→全体がアンバランスで地震で倒壊したのは必然
3
A
平部町の秋葉山常夜灯
ひらぶ
愛知/名古屋市(緑区)
<東海道>
石常夜灯
文化3(1806)
現地解説板/WEB
旧状をよく留める
(竿正面)「秋葉大權現」、(竿右面)「宿中爲安全」、(竿左面)「永代常夜燈」、石基壇あり/鳴海宿の東口に建てられた常夜灯(宿場の両口の常夜灯が残っているのは珍しい)/旅人の目印、宿場内の人々や伝馬の馬方衆の安全、火災厄徐
1
A
起渡船場の常夜灯
おこし
愛知/一宮市
金刀比羅社<美濃路/木曽川(左岸)>
石常夜灯(渡し場)
高約4m
天保4(1843)建造後、明治16(1883)東方へ移設、明治24(1891)濃尾地震で倒壊後再度改修
県史跡
尾西歴史民俗資料館/WEB
火袋下の中台に昭和28、竿に明治12、竿の台石に明治33の銘が入っている
木曽川の重要な渡船場に残る常夜灯
3
A
材木町の秋葉山常夜灯
ざいもく
愛知/岡崎市
(御旗公園内)
石常夜灯
高4.15m(うち、基壇0.75m)
寛政10(1798)
WEB(遠州・万斛の郷)
プラスチック製の柵で囲まれている/基壇は後世のもの?/笠と火袋から中台まで、台石と台石下2段の石が異なるため改修されている
(竿正面)「秋葉山」、(竿裏面)「能見町」/中台に装飾を彫刻
2
A
稲熊町の秋葉山常夜灯
いなぐま
愛知/岡崎市
(石の公園団地入口)
石常夜灯
高4.84m(うち、基壇0.17m)
文政5(1822)
→弘化元(1844)再建
WEB(遠州・万斛の郷)
昭和20空襲により破損/昭和24復興土地整理事業で移設/昭和48再移設
(竿正面)「秋葉山」/石工:久七/石工の町・岡崎を代表する豪華な常夜灯/中台・竿上下・台石に蓮華座模様/笠・火袋・中台・台石が六角形/竿が円柱状/台石最上段全面に波の浮彫
2
A
大幡町の秋葉山常夜灯
おおばた
愛知/岡崎市
(大幡農村公園)
石常夜灯
高4.16m(うち、基壇0.98m)
天保7(1836)
WEB(遠州・万斛の郷)/馬場慎一
公園内→移設?
(竿正面)「秋葉山」、(上段台石正面)「村/中」/基壇石組が大胆かつ見事
2
A
羽根町の秋葉山常夜灯
はね
愛知/岡崎市
(岡崎駅前局・東)
石常夜灯(自然石)
高4.14m(うち、改修部分1.33m、基壇0.65m)
嘉永5(1852)
WEB(遠州・万斛の郷)
不自然に2つの常夜灯を重ねた形で改修(上部は自然石、下部は整形された台石)/電気点灯
(竿正面)「秋葉山」/岡崎市内で自然石の近世街道常夜灯は1基だけ
4
A
十能の秋葉山常夜灯
(大塚町の秋葉山常夜灯1)
じゅうのう(おおつか)
愛知/蒲郡市
(伊賀久保)
石常夜灯
高4.29m(うち、基壇2.17m)
寛政3(1792)
WEB(遠州・万斛の郷)/市教委
四周を練積、上部C製の塀で囲む/中台後補
(竿正面)「秋葉山」/四周の壁全体を基壇(練積)が支える大規模な構造→蒲郡の特徴
3
A
勝川の秋葉山常夜灯
(大塚町の秋葉山常夜灯2)
かつかわ(おおつか)
愛知/蒲郡市
(下長尾)<平坂街道>
石常夜灯
高4.54m(うち、上部基壇1.12m、下部基壇1.04m)
文化7(1810)
WEB(遠州・万斛の郷)/市教委/WEB
原位置/四周を漆喰の壁に煉瓦を載せた塀で囲む/火袋改修
(竿正面)「秋葉山」、(竿左面)「村中安全」/平坂街道の常夜灯/四周の壁全体を基壇(C製)が支える大規模な構造→蒲郡の特徴
3
A
西島の秋葉山常夜灯
(大塚町の秋葉山常夜灯3)
にしじま(おおつか)
愛知/蒲郡市
(柴垣)<平坂街道>
石常夜灯
全高4.15m(うち、上部基壇1.16m、下部基壇0.75m)
文化8(1811)
WEB(遠州・万斛の郷)/市教委/WEB
原位置/四周を漆喰の壁に瓦葺きの屋根の塀で囲む/中台後補/火袋改修/電気点灯
「村中安全」/平坂街道の常夜灯/四周の壁全体を基壇(亀甲積)が支える大規模な構造→蒲郡の特徴
2
A
竹谷町の秋葉山常夜灯
たけのや
愛知/蒲郡市
(政久)
石常夜灯
文政5(1822)
WEB(遠州・万斛の郷)/市教委
原位置?
(竿正面)「秋葉山」/基壇部の石組が見事
1
A
元・
下町の常夜灯
したまち
愛知/刈谷市
城町<下町→銀座6丁目.>
石常夜灯
高4.0m
嘉永4(1851)
市教委/WEB
一旦崩壊していたものを郷土資料館敷地内に修復・移設
(中台正面)「秋/葉/山」、(竿正面)「永常燈」、(竿左面)「當所安全」/竿が角柱状/当初の建立地点は、熊村と刈谷町の境になっていて、夜道を急ぐ人々の目印にな っていた
3
A
旧問屋場の常夜灯
といやば
愛知/知立市
知立神社<東海道・池鯉鮒宿>
石常夜灯
高約4.9m
嘉永4(1851)
市教委/知立神社/WEB(遠州・万斛の郷)
昭和46問屋場の解体時に移設
東海道・池鯉鮒宿の問屋場の役人が発起人となって玄関脇に設置/常夜灯に彫られた役名と名前で当時の問屋の構成が理解できる
2
A
足助町の秋葉山常夜灯
あすけ
愛知/豊田市
(西町)<飯田街道>
石常夜灯(花崗岩)
高5.07m
寛政11(1799)
市教委/WEB(遠州・万斛の郷)
保存状態良好/2度移設
(竿正面)「秋葉山」/整形布積4段の立派な基壇/飯田街道沿いの町・足助の中心部に立つ最大級の秋葉山常夜灯
2
A
長興寺の秋葉山常夜灯
ちょうこうじ
愛知/豊田市
(9丁目)<岡崎街道>
石常夜灯
高5.22m(うち、基壇0.22m)
文化12(1815)
市教委/豊田市の石造文化財p54/遠州・万斛の郷
笠一部欠損/火袋後補?
(竿正面)「秋葉山」、(上段台石正面)「村/中/安/全」/最大級の秋葉山常夜灯→石工の町と言われた長興寺(地名)に相応しい造り/基壇なしでこの高さは珍しい/中台正面に草花の浮彫/中台両側面に龍の浮彫
1
A
百々町の秋葉山常夜灯
どうど
愛知/豊田市
(1丁目)
石常夜灯(花崗岩)
高4.25m(うち、基壇0.80m)
文政4(1821)
豊田市の石造文化財p53/WEB(遠州・万斛の郷)/馬場慎一
保存状態良好
(竿正面)「秋葉山」、(上段台石正面)「村/中/安/全」/基壇と一体化した階段
1
A
岩倉町の秋葉山常夜灯1
いわくら
愛知/豊田市
(平古)
石常夜灯
高4.82m(うち、基壇1.10m)
文政13(1830)
豊田市の石造文化財p56/WEB(遠州・万斛の郷)
移設/現役で点灯(蝋燭)/中台一部欠損
(竿正面)「秋葉山」/猫脚/中台正面に花のような浮彫/丁寧な基壇石組/前方竹柵に注連縄
1
A
幸町の秋葉山常夜灯2
さいわい
愛知/豊田市
(隣松寺)
石常夜灯
高4.13m
天保15(1844)
豊田市の石造文化財p56/WEB(遠州・万斛の郷)
ガラス入り木枠で保護
(中台正面)「秋/葉/山」、(上段台石正面)「當/所/安/全」/点灯用階段が正面についている/基壇なし(69㎝の台石状基壇あり)/「隣松寺」は地名
1
A
和合町の秋葉山常夜灯
わごう
愛知/豊田市
(日影)
石常夜灯
高5.22m(うち、上部基壇0.90m,下部基壇1.1m)
安政4(1857)
WEB(遠州・万斛の郷)
保存状態良好
(竿正面)「秋葉山」、(上段台石正面)「村/中/安/全」/広い5段の台石を、見事な石組の基壇が載せる/上部基壇正面中央に扇形の石
1
A
八町通の秋葉山常夜灯
(新町の大灯籠)
はっちょう
愛知/豊橋市
<東海道>
石常夜灯
高約5m
文化2(1805)
WEB(遠州・万斛の郷)/WEB
昭和19地震で倒壊→昭和55復元→平成13原位置付近に移設
(竿右面)「秋葉山」、(2段目台石正面)「吉/田/中/安/全」/中央が膨らんだ円筒状の竿石/上段台石正面に“獅子”の浮彫り/笠・火袋・中台が六角形
2
A
高塚町の秋葉山常夜灯
たかつか
愛知/豊橋市
(西方)
石常夜灯
高4.60m(うち、上部基壇0.49m,下部基壇1.62m)
文政9(1826)
WEB(遠州・万斛の郷)
石基壇が“落とし積み”→近代の改修の可能性
(竿右面)「秋葉山」、(2段目台石正面)「村/中/安/全」/高い2段式も石基壇
2
A
嵩山町の秋葉山常夜灯
すせ
愛知/豊橋市
<姫街道・嵩山宿>
石常夜灯
高4.00m(うち、基壇0.98m)
文政10(1827)
WEB(遠州・万斛の郷)
保存状態良好/鉄製の階段が付いている/煉瓦塀で囲まれているのがユニーク/電気点灯
(中台正面)「秋/葉/山」、(2段目台石正面)「村/中/安/全」/消防団器具庫が隣接
1
A
上町の秋葉山常夜灯1
かみ
愛知/西尾市
(稲荷山茶園公園)
石常夜灯
高6.40m(うち、基壇高1.60m)
天保11(1840)
WEB(遠州・万斛の郷)/馬場慎一
保存状態良好
(中台正面)「秋/葉/山」/基壇石組が見事/大型の石常夜灯
1
A
松江町の秋葉山常夜灯
まつえ
愛知/碧南市
(4丁目)<大浜街道>
石常夜灯
高
5.40
m(うち、基壇高1.10m)
文政7(1824)
WEB(遠州・万斛の郷)/馬場慎一
石基壇が成層布積み→近代の後補の可能性
垂直の直方体の石基壇
1
A
山那の渡しの常夜灯
やな
愛知/(丹羽)扶桑町
木曽川(左岸)
石常夜灯(渡し場)
高4m(うち石基壇0.8m)
文化12(1815)
町記念物史跡
木曽川学歴史ガイドブック/馬場慎一
保存状態良好
渡し場の常夜灯としては最大規模/鎌倉時代の渡河地点/対岸は大伊木の渡し(岐阜県各務原市)
1
A
上浜町の太神宮常夜灯
(江戸橋常夜灯)
かみはま
三重/津市
(江戸橋西詰)<伊勢街道・伊勢別街道>
石常夜灯
高4.68m
安永6(1777)
市有形民俗
WEB(北伊勢の道標)
/市教委
原位置
(上段台石正面)伊勢信仰の象徴である「太一」を示す「○印」が陰刻/春日型の笠/石工: 沓脱半兵衛/『伊勢参宮名所図会』(1797)にも大きく描かれている
1
A
大里窪田町の常夜灯
(窪田の常夜灯)
おおざとくぼた
三重/津市
<伊勢別街道>
石常夜灯
高8.6m
文化14(1817)
WEB(北伊勢の道標)
/現地解説板
地震によって3回倒れたが、地元・関係者により再建/点灯用の大きなRC製階段が背面に付く
(竿正面頂部)「内/宮」、(竿左面)「江州」/台座には琵琶湖の東の地域を表したと思われる波模様が刻まれ、特に琵琶湖東側の地域の商人により寄進/街道常夜灯としては全国最大級
2
白山町二本木の太神宮常夜灯
はくさん・にほんぎ
三重/津市
<初瀬街道>
石常夜灯
高4.60m(うち基壇0.81m)
天保4(1833)
WEB(北伊勢の道標)
/市教委
保存状態良好/電気点灯
(中台正面)「太/一」/大胆な石組/サイズの割に大きい宝珠
1
A
雲出島貫町の常夜灯
くもず・しまぬき
三重/津市
(雲出川左岸堤防上)<伊勢街道>
石常夜灯(花崗岩)
高4.92m
天保5(1834)
WEB(北伊勢の道標)
/市教委
雲出川の渡し場口にあったものを移設/火袋後補
松阪市の「甚目町の常夜灯」と対面する形で残る/基壇なし
2
A
栗真町屋町の太神宮常夜灯1
(町屋の常夜灯)
くりままちや
三重/津市
<伊勢街道・白塚からの巡礼道>
石常夜灯
高4.2m
天保10(1839)
WEB(北伊勢の道標)
/市教委
保存状態良好
(竿正面頂部)「両/宮」/矢倉型の笠/建立: 武州・若槻・木綿問屋中(台石にも多くの寄進者名→伊勢が、当時木綿の産地だったことを示す)
1
A
白山町上ノ村の太神宮常夜灯
はくさん・かみのむら
三重/津市
<初瀬街道>
石常夜灯
高5.05m(うち基壇1.09m)
天保15(1844)
WEB(北伊勢の道標)
/市教委
保存状態良好(高欄の一部が欠損)/ろうそくを使用?
(竿正面頂部)「太/一」/中台表・裏面に龍の浮彫り/中台両側面に雲の浮彫/笠屋根の裏に垂木模様/基壇石垣上に擬宝珠付き高欄を付ける→非常に珍しい/大型石階段
1
A
美杉町丹生俣の太神宮常夜灯
みすぎ・にゅうのまた
三重/津市
(中俣)<伊勢本街道>
石常夜灯
高4.08m(うち基壇1.31m)
安政2(1855)
WEB(北伊勢の道標)
保存状態良好
(竿正面)「太一」、(中台正面)「村中」、(中台右側面)「國家安全」、(中台左側面)「五穀成就」/自然石を大胆に積んだ基壇石垣
1
A
美杉町上多気の太神宮常夜灯
(上多気常夜灯)
みすぎ・かみたげ
三重/津市
<伊勢本街道>
石常夜灯
高4.92m(うち基壇1.18m)
元治2(1865)
WEB(北伊勢の道標)
/市教委
移設
(竿正面頂部)「両/宮」、(2段目台石正面)「村/中/安/全」/台石正面に竜の浮き彫り、側面に波の浮き彫り/中台裏面に竜の陽刻、側面に雲/笠屋根の裏に垂木模様/大胆な石組み/伊勢本街道の要所に建てられた大型の常夜灯
2
A
香良洲町地家の常夜灯
からす・じけ
三重/津市
<香良洲道>
石常夜灯
高4.41m
元治2(1865)
WEB(北伊勢の道標)
/市教委
旧・香良洲大橋の北詰にあったものを移設/火袋更新
笠屋根の裏に垂木模様/中台4面、台石4面に龍の陽刻/基壇なし/多くの寄進者名が陰刻→その中に「今村勘左衛門」がある→下記の「香良洲町地家の道標2」の単独建立者→道標の年代を特定
2
A
上野車坂町の太神宮常夜灯
うえのくるまざか
三重/伊賀市
<伊賀街道>
石常夜灯
高4.32m
寛政11(1799)
WEB(北伊勢の道標)
原位置?
(竿正面)「太神宮」、(竿左面)「万人講中」/春日型の笠/猫脚/石基壇なし
1
A
依那具の太神宮常夜灯
いなぐ
三重/伊賀市
(依那具の消防団器具庫)<初瀬街道>
石常夜灯
高4.87m(うち基壇0.88m)
天保6(1835)
移設?
(竿正面)「太神宮」/猫脚/宮勾配になった切込み接ぎの基壇石垣/消防器具庫、火の見櫓が隣接(火事除けの秋葉信仰と関連がなくても隣接している稀な例)
2
A
荒木の太神宮常夜灯
(中之瀬の常夜灯)
あらき
三重/伊賀市
<伊賀街道>
石常夜灯
高4.45m(うち基壇0.76m)
弘化5(1848)
WEB(北伊勢の道標)/市教委
移設/基壇石垣が練積化
(竿正面)「太神宮」、(竿左面)「道中安全」/春日型の笠/笠屋根の裏に垂木模様/猫脚/石基壇
2
A
阿保
の太神宮常夜灯
(阿保西部の常夜灯)
あお
三重/伊賀市
<初瀬街道>(阿保宿)
石常夜灯
高5.05m(うち基壇0.78m)
安政7(1860)
WEB(北伊勢の道標)/市教委
昭和46に道路整備のため移設/電気点灯
(竿正面)「大神宮」/猫脚/江戸中期、庶民の間に神宮参拝が盛行し、常夜灯建立の習俗を生み出した→信者が常夜灯講を組織し、講員が出資して常夜灯を建立し、輪番で灯明を点じ、神宮を遥拝した
2
A
安永町の太神宮常夜灯
(伊勢両宮常夜灯)
やすなが
三重/桑名市
<東海道>
石常夜灯
高5.45m(うち基壇1.19m)
文政元(1818)
市有形民俗
市教委
原位置?/火袋補修/基壇改修/笠一部欠損/電気点灯
(竿正面上部)「大/神/宮」、(竿右面)「五穀成就」、(竿左面)「國家安全」、(2段目台石正面)「材/木/屋/中」/員弁川旧堤防上(今は市街地)/町屋川の船着場であったことから、桑名や岐阜の材木商が寄進した/石工: 根来市蔵
2
A
元・
七ツ屋の常夜灯
ななつや
三重/桑名市
<東海道>
石常夜灯
高4.3m
天保4(1833)
安政3(1856)
県史跡
市教委
七ツ屋橋詰→移設→台風で倒壊→台石4段は元のまま使用→上部は多度神社から移した安政3銘のもの
(創建時の竿)「多度之神宮/一目蓮大神」「国家安全/御武運長久/願主諸職」「五穀豊稔/海陸鎮難/繁栄心願成就□散」/2段目と3段目の台石には江戸、名古屋、桑名などの寄進者241名の名前が刻字
3
A
高岡町の太神宮常夜灯
たかおか
三重/鈴鹿市
(高岡橋南詰)<伊勢街道>
石常夜灯
高4.02m
文化4(1807)
WEB(北伊勢の道標)
平成7修復
(竿正面上部)「太/神/宮」、(竿右面)「国土安穏」、(竿左面)「五穀成就」/春日型の笠/石基壇なし/台石には地元を中心に多数の寄進者名
2
A
上庄田
の太神宮常夜灯
かみしょうだ
三重/名張市
<初瀬街道>
石常夜灯
高5.21m(うち基壇0.80m)
天保3(1832)
市教委
/WEB(北伊勢の道標)
保存状態良好/電気点灯
(竿正面)「太神宮」、(竿左面)「伊/州、上神戸邑内安全」/竿直下の台石北面に瓢箪の陽刻/下部の台石に多くの関係者名が陰刻
1
A
新田の太神宮常夜灯
しんでん
三重/名張市
<初瀬街道>
石常夜灯
高7.49m(うち上部基壇0.49m,下部基壇3.18m)
慶応2(1864)
WEB(北伊勢の道標)
用水路改修で移設→地震で回倒壊→火袋更新して再建立/基壇石垣は後世の補強によるもの/電気点灯
(竿正面)「太神宮」/常夜灯本体より高い宮勾配を持つ立派な石基壇/猫脚
2
A
殿町の常夜灯1
との
三重/松阪市
(松阪城搦手口)<伊勢街道>
石常夜灯(花崗岩)
高5.59m(うち基壇1.18m)
安永9(1780)
WEB(北伊勢の道標)
櫛田川の渡し場にあったものを昭和29に移設
(竿右面)「鈍子土勢組」/春日型の笠/建立者: 江戸干鰯問屋、揮毫: 龍湖親和/笠屋根の裏に垂木模様/石基壇
2
A
甚目町の常夜灯
(小野江の常夜灯)
はだめ
三重/松阪市
(雲出川右岸堤防上)<伊勢街道>
石常夜灯(花崗岩)
高4.78m
寛政12(1800)
WEB(北伊勢の道標)
雲出川の渡し場口にあったものを移設/昭和11再建立→昭和19の東南海大地震で倒壊し火袋更新
建立: 京都□一講・大坂屋藤七、他/津市の「雲出島貫町の常夜灯」と対面する形で残る
2
A
殿町の常夜灯2
との
三重/松阪市
(松阪城搦手口)<伊勢街道>
石常夜灯(花崗岩)
高5.45m(うち基壇0.48m)
文政6(1823)
WEB(北伊勢の道標)
移設/火袋更新
(上段台石正面)「新/玉/講」/春日型の笠/石基壇
2
A
肥留町の太神宮常夜灯
ひる
三重/松阪市
(金剛寺西)<伊勢街道>
石常夜灯(花崗岩)
高4.16m
文政7(1824)
WEB(北伊勢の道標)
昭和19の東南海地震で倒れ、宝珠と火袋を取り替え、再建・移設
(竿正面上部)「兩/宮」/笠屋根の裏に垂木模様/台石四面に縦縞/中台三面に龍の浮彫/台石正面に大きく「江戸」「乾物問屋中」と陰刻
3
A
飯南町横野の常夜灯
いいなん・よこの
三重/松阪市
(柿野神社)<伊勢本街道・和歌山街道>
石常夜灯(道標兼)
高4.21m(うち基壇0.71m)
天保元(1831)
WEB(北伊勢の道標)
移設
(竿正面)「大神宮」、(竿右面)「天下泰平」、(竿左面)「五穀成就」、(2段目台石右面)「是/ヨリ/宮川/七里/半」/巧みな石組の基壇上(移設復元だとすれば、かなりの技術)/天保元年12月→西暦1831年
2
A
追分町の常夜灯
(日永追分の常夜灯)
ひながおいわけ
三重/四日市市
<東海道・伊勢街道>
檜皮葺の石常夜灯(花崗岩)
高4.56m(うち笠石高2.89m)
安永3(1774)
県史跡
WEB(北伊勢の道標)
国道に挟まれた緑地帯内に保存
竿石の上に木製の春日型の屋根(銅板葺)と火袋が載る構造→北伊勢特有/(竿)「ひだり/さんぐう道」/竿石の上に木製の笠(檜皮葺)と火袋が載る構造は北伊勢特有
1
A
四疋田の太神宮常夜灯
しひきだ
三重/(多気)多気町
<伊勢本街道>
石常夜灯
高5.5m
弘化2(1845)
県石造物調査報告2p37
・76
県道改修に伴い移設→C基礎
(竿正面)「両宮常夜燈」/石工: 根来惣右衛門/見事な石組の基壇(移設にあたり完璧に復元)
2
A
田丸の太神宮常夜灯
たまる
三重/(度会)玉城町
(上町)田丸神社・入口
石常夜灯
高4.06m
天保5(1834)
県石造物調査報告2p55・171
原位置
(竿正面)「両/宮、常夜燈」/石基壇あり
1
A
上石津町の金毘羅常夜灯1
かみいしづ
岐阜/大垣市
(牧田、上野)
<九里半街道>
石常夜灯(自然石)
高5.60m(うち、基壇0.65m)
天保12(1841)
市景観遺産
かみいしづの古道
/馬場慎一
保存状態良好
「金毘羅大権現」/四周を石柵で囲み、入口に冠木門まで付く→他に例がない/上石津町(九里半街道)の常夜灯群/この地区で最大の常夜灯
1
A
上石津町の太神宮常夜灯2
かみいしづ
岐阜/大垣市
(牧田、萩原)
<伊勢西街道>
石常夜灯
高4.90m(うち、基壇1.60m)
嘉永5(1852)
市景観遺産
かみいしづの古道
/馬場慎一
移設
「両皇大神宮」/石基壇が2段になっている→ほとんど例がない/四周を石柵で囲む/上石津町(伊勢西街道)の常夜灯群
2
A
佐渡(東町)の常夜灯
さわたり
岐阜/大垣市
揖斐川(右岸)<美濃路・佐渡の渡し>
石常夜灯(渡し場)
高約4.2m
嘉永7(1854)
市有形民俗
市教委/WEB
鉄製の梯子付き/電気点灯
「文政8(1825)に佐渡常夜灯が焼失した」とあることから、嘉永7年以前にも木造の常夜灯があり、嘉永7に石造になったと考えられる/火袋の中台下に飾り/角柱状の竿
2
A
久徳町の太神宮常夜灯
きゅうとく
岐阜/大垣市
<美濃路>
石常夜灯
高約4m
安政2(1855)
WEB
民家に喰い込んだように残る(保存状態そのものは良好)
「西宮大神宮」/基壇には河原の丸石を使用
2
A
今尾渡しの太神宮
常夜灯
いまお
岐阜/海津市
<揖斐川
左
岸>
石常夜灯(花崗岩)(渡し場)
高
5.3
m
嘉永元(1848)
市歴史民俗資料館(海津に残る碑)
移設/
後補あり/電気点灯
「大神宮」、「畳夜燈」、「五穀成就」/総石造の常夜灯としては、県内最大/階段状の基壇部には建立の際寄進した氏子名が陰刻
2
A
池田町の常夜灯
いけだ
岐阜/多治見市
<下街道>
石常夜灯
高4.7m
文政9(1826)
WEB
保存状態良好
基壇は低いが、4段の台石が量塊感を与える
1
A
苗鹿の太神宮常夜灯
のうか
滋賀/大津市
(1丁目)<西近江路>
石常夜灯
高約4m
弘化4(1847)
市教委/近江の常夜燈p49
移設(区画整理)
(竿正面)「太神宮」「両宮月参」「苗鹿講」/石基壇は低いが、その上に4段の台石が載る/苗鹿講が建立(伊勢両宮の常夜灯)
1
A
土山町山中の金毘羅常夜灯(万人講常夜灯)
つちやま、
やまなか
滋賀/甲賀市
<東海道・鈴鹿峠>
石常夜灯
(自然石、花崗岩)
高4.85m
正徳年間(1711-16)
WEB/近江の常夜燈p22
移設/2段の整形基壇は左記の高さに含まず(移設時の追加?)
(竿正面)「金毘羅大權現」、(台石正面)「万人講」/巨大な笠石と台石/総計38tの石材は山中村高幡山天ヶ谷より運び出され、地元山中村をはじめ坂下宿・甲賀谷の人達3000人の奉仕によって組み上がったと言われる
2
A
水口町泉の金毘羅常夜灯
(横田渡の金毘羅常夜灯)
みなくち、
いずみ
}(よこた)
滋賀/甲賀市
<東海道・横田渡し場>
/野洲川・右岸
石常夜灯(渡し場)
高8.41m
(うち、基壇1.44m)
文政5(1822)
県史跡
WEB/現地解説板/近江の常夜燈p20
原位置/周辺整備
(竿右面)「金毘羅大權現」、(台石最上段正面)「萬/人/講/中」/渡し場の石常夜灯としては全国最大/周囲17.3mの玉垣で囲まれる/シーボルトの『江戸参府紀行(文政9)』に、「この川岸には金毘羅さんを祈念した石灯籠、火をともす大きな台がある」と記されている
1
三雲の常夜灯
(横田渡の常夜灯)
みくも
(よこた)
滋賀/湖南市
JR三雲駅・東<東海道・杣街道>/野洲川・左岸
銅板葺の石常夜灯(渡し場)
高4.41m
(うち、基壇1.37m)
安永8(1779)
WEB/近江の常夜燈p20・88
移設/全体に傾いている
(台石最上段正面)「京」/中台から上が木製/石基壇あり
3
A
五個荘中町の太神宮常夜灯
ごかしょう、なか
滋賀/東近江市
愛知川・左岸堤防上<中山道・愛知川渡し場>
石常夜灯(渡し場)
高4.5m
文政8(1825)
WEB(的形道標クラブ)/近江の常夜燈p40・72
原位置?
(竿正面)「太神宮」/愛知川の渡し場の常夜灯で、対岸の愛荘町の「愛知川の常夜灯2」と対をなし、共に「にらみ燈籠」と呼ばれていた/春日屋根の正面に唐破風を付けた装飾的な笠/石基壇あり
1
A
今宿の金毘羅常夜灯
いまじゅく
滋賀/守山市
(1丁目)樹下神社
<中山道>
石常夜灯(花崗岩)
高4.14m
(明治期の修築)
天保2(1831)
市有形
市教委
明治2移設(もと、吉川川の橋詰)/移設後3回修理
(竿正面)「金毘羅大權現」、(竿右面)「瑜伽大權現」(=岡山の由加山)、(竿左面)「太神宮」/石基壇上に3段の台石(もとは、最上段の台石のみ)/猫脚の付いた角柱竿石/立派な春日造の屋根/街道文化を伝える資料として文化財指定された/右欄の評価「B」は、現在の高さではなく、江戸期の高さに対するもの
2
B
愛知川の常夜灯1
えちがわ
滋賀/(愛知)愛荘町
祇園神社<中山道・愛知川・右岸>
石常夜灯(渡し場)
高4.35m
弘化3(1846)
WEB(的形道標クラブ)/近江の常夜燈p40
原位置?/火袋を鉄棒で補強
愛知川の渡し場の常夜灯で、対岸の東近江市の「五個荘中町の太神宮常夜灯」と対をなし、共に「にらみ燈籠」と呼ばれていた/石基壇あり
1
A
上野田の太神宮常夜灯
こうずけだ
滋賀/(蒲生)日野町
<御代参街道>
石常夜灯
高4.06m
文化9(1812)
町教委/WEB/近江の常夜燈p80/近江の道標p188
原位置/昭和4に改修(追刻あり)
(竿正面)「伊勢両宮」、(台石最上段正面)「右/い/せ/ミ/ち」/竿石下端が猫脚状に一体加工/四方に唐破風を付けた立派な笠/中台に装飾的浮彫/石基壇あり/「上野田の道標」が石基壇脇に建つ
1
A
木津の常夜灯
きづ
京都/木津川市
(奈良道)<奈良街道>
石常夜灯
高約6.9m
弘化2(1845)
WEB(宮様の石橋)
原位置?
(竿正面)「三/社、常夜燈」/大型常夜灯だが石基壇なし/火袋の四隅に円柱(当初から補強のため挿入されたと思われる)
1
A
寺戸町の太神宮常夜灯
てらど
京都/向日市
阪急・東向日駅前<西国街道>
石常夜灯
天保13(1842)
市教委/WEB(的形道標クラブ)
原位置
(竿正面)「太神宮」/伊勢講の1つ「築榊講」により建立
1
A
三条本町の金毘羅常夜灯
さんじょうほん
奈良/奈良市
JR奈良駅の駅前広場
<三条通り>
石常夜灯
高4.2m
文化11(1814)
WEB
移設/台石以下は寛政2(1790)
(竿正面)「金毘羅常夜灯」
2
A
三条本町の常夜灯
さんじょうほん
奈良/奈良市
JR奈良駅の駅前広場
<三条通り>
石常夜灯
高4.0m
文久3(1863)
WEB
移設
(竿正面)「春日大明神」、(竿左面)「大照白王太神」、(竿裏面)「八幡大菩薩」
2
A
下田東の太神宮常夜灯
しもだひがし
奈良/香芝市
(1丁目)
香芝駅・南南東100m
石常夜灯
高約4.2m
天保2(1831)
WEB(宮様の石橋)
原位置
(竿正面)「太神宮」、(最上段台石正面)「村〃安全」/竿右面に「御城主様御武運御長久」と刻字/石基壇あり/現役で電気点灯
1
A
一町の太神宮常夜灯1
かずちょう
奈良/橿原市
常門会館・西
石常夜灯
慶応元(1865)
WEB(宮様の石橋)
原位置/全体に傾いている/点灯用の階段
(竿正面)「太神宮」、(最上段台石正面)「村/中/安/全」/猫脚/石基壇あり
2
A
野間中の常夜灯
のまなか
大阪/(豊能)能勢町
<吉野嶺道(能勢街道)>
石常夜灯
高4.3m
寛政5(1793)
近畿地方の歴史の道2p423
(竿正面)「妙見大菩薩」、(台石正面)「永福講」、(同右側面)「野間庄」
A
中西町の太神宮常夜灯
なかにし
兵庫/加西市
石常夜灯
高
約6m
文政12(1829)
鈴木欣也
原位置(南側が街道筋)
(竿正面)「伊/勢、太神宮」/石基壇あり
1
A
上野町の太神宮常夜灯
うえの
兵庫/加西市
石部神社・参道入口
石常夜灯
高
約5m
天保2(1831)
鈴木欣也
原位置?
(竿正面)「太神宮」、(最上段台石正面)「於か希」、(2段目台石正面)
「當村中」/石基壇なし
1
A
北条町北条の太神宮常夜灯
ほうじょう、
ほうじょう
兵庫/加西市
神明神社・横
石常夜灯
高
約5m
江戸末期~明治中期
WEB(宮様の石橋)
/鈴木欣也
原位置?
(竿正面)「伊/勢、兩皇太神宮」、(竿右面)「五穀成就」、(竿左面)「永代常夜燈」、(竿裏面)「天下泰平」/笠の4面に唐破風/竿石と猫脚と間に4面に浮彫りを入れた飾り石/石基壇あり/建立年が記されていない→台石一面に書かれた邑名から江戸末期~明治22(町村制施行)と考えられる
1
A
柏原町柏原の太神宮常夜灯(新町高灯籠)
かいばら、
かいばら
兵庫/丹波市
<山陰道>
石常夜灯
高5.21m
天保7(1836)
市建造物
歴史の道3p43/現地解説板
原位置
(竿)「内外/両宮、奉燈」、(2段目台石正面)「御/領/中」/柏原下町の田村重三郎の発意と柏原藩領内の民衆の寄進により伊勢神宮の内外両宮を遙拝献灯するために建立された/石工・初代難波金兵衛/和泉砂岩(大阪・泉南)を用いた常夜灯は、大型であるだけでなく、宝珠の先端、 笠の四隅の反りなどが鋭角的で、火袋の隅柱や竿のくびれも細く、全体に精緻に仕上げられている
1
A
上大野の常夜灯
かみおおの
兵庫/姫路市
(5丁目)
石常夜灯(自然石)
高4.02m
嘉永2(1852)
市教委(文化財見学シリーズ36)
原位置?/火袋更新/自然石の台石→C被覆
「天下太平/國家安全、常夜燈」/火袋の中心線がずれている/中台、笠は自然石/石基壇なし
2
A
西川面の金毘羅常夜灯
にしかわも
岡山/(小田)矢掛町
県道・東水砂~矢掛線
石常夜灯
高7m弱
弘化4(1847)
町重文
妹尾英樹
全高の約半分を占める石基壇に11段の石階段がそのまま残る(全国でも稀)
(竿正面)「金毘羅大權現」、(竿右面)「天照皇太神宮」、(竿左面)「吉備津宮」/中国地方より西で最大の常夜灯
1
A
阿東徳佐中の常夜灯
あとう、
とくさなか
山口/山口市
<石州街道>
石常夜灯
高約4m
文化5(1808)
歴史の道5p337
移設
「永代常夜燈」
2
A
出作町の金毘羅常夜灯
しゅっさく
香川/高松市
讃岐国往還
石常夜灯
高4.50m
寛政6(1794)
歴史の道10p11・61
移設
(竿正面)「金毘羅奉燈」/(台石右面)「萬人講中」/石基壇なし
2
A
屋島中町の金毘羅常夜灯
(元・国分寺町の金毘羅常夜灯)
やしまなか
(こくぶんじ、しんみょう)
香川/高松市
四国村滝宮道
石常夜灯
高4.09m(基壇含まず)
寛政6(1794)
国登録
歴史の道7p10・15
移設→斜めの石基壇は候補(全高に含めず)
(竿正面)「金毘羅大權現」/台石に15ヶ所の講中名が陰刻
2
A
西山崎町の金毘羅常夜灯
にしやまさき
香川/高松市
山崎八幡宮高松道
石常夜灯
高5.80m
(うち、基壇1.30m)
文久元(1861)
歴史の道7p25・80
昭和12改築→昭和55に移設/火袋に金属格子
(笠正面)「山」、(笠右面)「天」、(笠左面)「石」、(笠裏面)「金」、(台石右面)「石工/太吉」/笠4面に唐破風突起(その中に、前記「山」{天」「石」「金」の各文字が、円形台の上に陽刻/中台4面に花の浮彫/猫脚
2
A
国分寺町国分の常夜灯
こくぶんじ、こくぶ
香川/高松市
丸亀「街道」・
伊予「街道」
石常夜灯(自然石)
高4.56m
慶応2(1866)
歴史の道1p26・64
/同3p58
保存状態良好
大型の自然石常夜灯/建立: 近くの中西集落
1
A
志度の用心堀石灯籠
しど
香川/さぬき市
志度道・へんろ道
石常夜灯
高4.03m
嘉永4(1851)
歴史の道6(2)p78
/同8p22・82/現地解説板
保存状態良好
(中台)「天」、(中台右面)「白」、(中台左面)「八」、(中台裏面)「金」、(竿)「用心堀 邑阝々/御蔵懸り」、(竿右面)「大庄屋/上野氏/同/岡田氏」、(竿左面)「石工 久通松蔵」/高松藩松平家の年貢米を収納する米蔵の「用心」のため、大庄屋の上野氏と岡田氏が建立/高い末広がりの石柱の上に竿なしの小型灯籠を載せた独自の形態
1
A
与北町の金毘羅常夜灯3
(与北茶堂跡の金毘羅常夜灯)
よぎた(よぎたちゃどう)
香川/善通寺市
(与北茶堂)丸亀道
石常夜灯
高5.08m
(うち、基壇0.83m)
文政11(1828)
金毘羅参詣丸亀街道報告書p45・174-177/歴史の道5p15・53
昭和21の南海沖地震で倒壊→昭和42復元
(中台の6角の各面に1字ずつ)「金」「毘」「羅」「大」「権」「現」、(台石1・2段目)「大坂/繁榮講」/台石と火袋と笠六角断面=非常に珍しい/基壇部が石板状/竿が円形断面/脇に復元の由来碑が立つ
2
A
福島町の金毘羅常夜灯1
(元・中府三軒家の常夜灯)
ふくしま
(なかぶ)
香川/丸亀市
みなと児童公園・北口
金毘羅街道
石常夜灯
(道標兼、2基、花崗岩)
高4.06m
天明8(1788)
金毘羅参詣丸亀街道報告書p26・150-153/歴史の道5p12・42
明治24移設→平成元にみなと公園に再移設
(中台正面)「金」、(竿右面)「備前/岡山、古手屋中」、(台石下裏)「左り/こん/ひら道」/金毘羅街道の三つ角「中府三軒家」にあった3基の常夜灯のうちの2基
2
A
琴平町の金毘羅常夜灯2
ことひら
香川/(仲多度)琴平町
丸亀道
石常夜灯
高4.42m
文政6(1823)
歴史の道5p55
宝珠一部破損
(露盤4面)「金」、(竿右面)「金毘羅大權現」、(台石正面)「上京千廣講」/猫脚/基壇なし/下記常夜灯8と道を挟んで対をなす(立派な石柵で囲まれた格式の高い常夜灯)
1
A
琴平町の金毘羅常夜灯3
ことひら
香川/(仲多度)琴平町
丸亀道
石常夜灯
高4.85m
天保2(1831)
歴史の道5p54
保存状態良好
(露盤4面)「金」、(竿左面)「金毘羅大權現」/猫脚/基壇なし/上記常夜灯7と道を挟んで対をなす(立派な石柵で囲まれた格式の高い常夜灯)
1
A
神宅の常夜灯
かんやけ
徳島/(板野)上板町
<撫養街道>
石常夜灯(自然石)
高約4.5m
嘉永4(1849)
町教委/歴史の道3p17・44
竿と台石C接合
一本松越と撫養街道(へんろ道)の交差する場所に立つ/藩主巡検の道でもあった(常夜灯が巨大である理由か?)
2
A
丹原町石経の金毘羅常夜灯
(石経・立石の常夜灯)
たんばら、
いしきょう
愛媛/西条市
<中山道(松山道)>
石常夜灯(花崗岩)
高4.22m(うち、基壇0.57m)
万延元(1860)
市有形
歴史の道3p31/WEB
上部一部破損
「金」「村内安全」/猫脚/基壇石張り状/笠と宝珠の間に角石を挿入
1
A
小松町新屋敷の常夜灯
こまつ、
しんやしき
愛媛/西条市
石常夜灯(花崗岩)
高5.23m(うち、基壇1.03m)
慶応3(1867)
WEB
移設→大正9再建立/電気点灯
笠と宝珠の間に角石を挿入/石基壇あり
2
A
上自在の金毘羅常夜灯
かみじざい
大分/豊後大野市
石常夜灯
高5-6m
慶応3(1867)
市教委
原位置
灯明台型の石基壇をもつ大型の常夜灯
1
A